90万部超のベストセラー『超一流の雑談力』の著者であり、30年で3000社の上場企業に対してコミュニケーションや英語をテーマにした研修を行ってきた安田正氏。その研修で使用しているプログラムを改良・応用して書き綴り、惜しげもなく公開したのが『武器になる話し方』だ。インタビュー第3回となる最終回では、正しい批評の仕方や有効な交渉術について聞いた。(取材・構成/堀 香織 撮影/石郷友仁)
意見が相容れない場合は「譲歩」が鉄則
──否定や批判ではなく、相手をきちんと批評しなければいけない場合、相手を傷つけずに、なるほどと納得してもらうコツはありますか。
安田正(以下、安田) あります。「中身否定」で「表現肯定」です。
「あなた、これじゃあこうなっちゃうよ」という言い方をすれば、相手は傷付きます。一方、「非常に惜しいです。ここだけこう直せば、こうなれます」と言えば、喜ばれます。内容的には同じことですが、圧倒的な違いがあるのです。
SNS上でよくないなと思うのは、表現でも否定するところ。匿名だから皆さん、言いたい放題ですよね。でも、実名を出す場合は、中身は否定であっても、表現が肯定になる場合が多い。その相手のことを思って言うから、自然とそうなるわけです。
──『武器になる話し方』には、「戦わずして勝つ」交渉術も書いてありました。
安田 人生や仕事においては、相手とどうしても意見が相容れないことがたくさんあります。「はい、論破!」などという言葉をよく聞くようになりましたが、相手を言い負かして自分の意見やアイデアを通すというのは、あまり豊かな人間関係には発展しないと思うのです。
そこで大事なのは、自分から譲歩すること。人というのは、相手に批判されたり、やり方を強制されたりするのは苦痛ですから、まずは相手のことを受け入れる。順番はこうです。
② そのうえで、質問を使って意見を引き出す→「なぜ、○○は△△なんでしょうね?」(つぶやくように言うのが効果的)
③ 相手の意見をふまえ、自分の要求や意見を提案する→「では、■■というのはいかがでしょうか?」
──②の「質問を使って意見を引き出す」というのが、また素晴らしいですね。自分の口から出た意見であれば、話は進みやすくなる。
安田 そうなんです。譲歩というのは負けではなく、立派な戦術なのです。わかっていてもできないのは、やはり自分の意見こそが正しいと思い込んでいるから。「交渉ごとで100%自分の要求が通ることはない」ということを意識してください。これは夫婦や親子関係などにおいても、非常に役立つと思います。
いまだからこそ「電話」でコミュニケーションをとる
──ところで、コミュニケーションの達人の安田さんには苦手な人はやはりいないのですか?
安田 (笑)苦手な人はいませんね。相手の懐に入ってしまえばいいのです。
お知り合いに専門医の方がいるのですが、ある日、新宿のルミネに買い物に行ったら、書店に彼のコーナーができていたんです。それですぐに電話しました。
最初「えっ、何の用?」という感じでしたが、私が「先生、大変です! ルミネに来たら、まるで司馬遼太郎先生のごとく、先生のコーナーができていて、30冊くらい並んでいましたよ。嬉しくなっちゃって、電話しました!」と伝えた途端、態度が急に変わったんです。「今度ご飯食べましょう」と続けると、「いつにしましょうか」と日時まで決めてくれました。
──この「すぐに電話する」というのがポイントですよね。普通ならメールにしたり、数日後の連絡になったりして、相手にとっては驚きや新鮮味がなくなります。
安田 すぐに電話するということと、ちょっと盛る(笑)。「司馬遼太郎先生のごとく」と言うとかね。
──「嬉しくて、電話しました」と言えるところも素敵です。サービス精神のひとつですよね。電話を含め、すぐに連絡して喜びを分かち合うというのは、やれるようでやれないことかと。「今度会ったときに言おう」と思って終わるというか……。
安田 今度とか言っていると、忘れるんですよ。もうひとつ、パッションというのはそう長続きしない。そのパッションが消える前に電話しないとね。パッションのコントロールというのは難しくて、やっぱり嬉しいと思えないと、すべての行動は起きないんです。
──嬉しいと思ったから、そう伝えられるということですね。
安田 ええ。シンプルだけど有効な言葉を教えましょう。「嬉しいと思って、思わず電話しちゃいました」「ごめんなさいね、忙しいところ」。これを枕に電話すれば、相手は嬉しくて仕方ないはずです。
──コミュニケーションは、そういうささやかなことで豊かになる。自分が1やると、相手は10くらいに喜んでくれる。
安田 そうなんです。第1回でもゴルフのキャディーさんが自らいろんなことをやってくれると話しましたが、この専門医の先生もインスタグラムで私の本を紹介してくれたんです。
もちろん、誰かがタイミングよく偶然やってくださることもあるかもしれません。ただ、楽しい関係性が構築できてさえすれば、自分が何か人生かけて取り組んでいることは全員で応援してくれます。だから日々のコミュニケーションが大切なんですよ。
──種まきに近いですよね。2社からスタートして、3000社を達成できたというのも納得です。
「喜んでもらいたい」という気持ちがすべてをうまくいかせる
安田 私は朝起きてから夜寝るまで、8時間くらい喋っていますね。中でも電話はやたらとします。「誕生日おめでとう」とか。最近だとみんなメールで済ませますが、留守電でもいいから声を入れておくと喜ばれるものなんですよ。それこそ私は、1日10件は「誕生日おめでとう」と吹き込んでいます(笑)。
──編集者が著者を口説き落とすのに、直筆で手紙を書くようなことですね。少しだけ手間をかけると、思いが届きやすくなる。ちょっと人と違うことをやると、とても感動される。
安田 この本のタイトルには「武器」とありますが、武器と言っても、相手を殺したり傷つけたりするものではない。むしろ、相手を幸せにする武器であり、その幸せにする武器の中でも、サービス精神というのは著しく高いポジションにあります。ちょっとでいいから相手に喜んでもらいたい。楽しんでほしい。そんな気持ちから会話ができると、コミュニケーションの質は一気に上がるのです。
世の中の90%以上の人は「省エネ」でコミュニケーションをとっています。具体的には、
・あいづちがなく
・うなづきがなく
・反応が薄く
・ラクな表情(無表情)や声(快適とはいえない低めの声や小さめの声)
などです。そのうえ、SNSでのやりとりが多いわけですから、ここを真逆にするだけでも、コミュニケーションの達人になれるのです。
──安田さんのように(笑)。
安田 ええ(笑)。営業でも、ノルマや責任を果たしたいという気持ちが第一でしょう。でも、そのためにはお客さんを喜ばせなきゃいけないんですよ。それがちゃんと一体化・習慣化している人たちは絶対に成功します。
サービス精神のあるコミュニケーションをすれば、10回会ってたどり着けない境地に、たったの3回で辿り着けます。そして人間関係が豊かになります。コミュニケーション上のサービス精神。行動としてのサービス精神。これを渾然一体にして日々活動してみてください。驚くほど、相手が、世界が変わっていきますよ