「個別最適な学び」は
研究でも大きな成果が見られている

「個別最適な学び」は、英語ではTeaching at the Right Level(TaRL)と言って、2019年にノーベル経済学賞を受賞したマサチューセッツ工科大のアビジット・バナジー教授やエスター・デュフロ教授を中心に、既に相当の研究蓄積があり、いずれの研究でも比較的大きな効果が見られていると言って差し支えありません

 そして、個別最適な学びを実現する上で、デジタル教科書とともに必要となるデジタル教材の開発は、民間事業者が担っています。

 経済産業省が主導した「未来の教室」実証事業もあり、多くの公立小中学校がこれらの教材を利用し、成果を上げています。そして子どもたちの学習履歴のデータを、特定の個人が識別されない匿名化されたデータとして連携することで、民間事業者が提供するサービスの質を向上させることができるのです。

 具体例を出して、サービスの質を向上させるために、「データの大きさ」が重要であることを説明しましょう。私たちの研究室でデータ分析を担当している「埼玉県学力・学習状況調査」は、埼玉県下の62自治体の約1100校の公立小中学校の小4~中3までの児童・生徒約30万人が受けている学力テストで、生徒の学習到達度が示されます。

 そして、例えば2021年の国語で言えば、最も高い学習到達度の児童・生徒と最も低い学習到達度の児童・生徒はいずれも750人程度(約0.3%)存在しています。つまり、0.3%の児童・生徒が飛びぬけて学力が高いのに対し、同様に0.3%の児童・生徒はかなり学力に課題がある状態だということになります。

 おそらく、彼ら彼女らの多くが、学校の授業は「ただひたすら座っているだけ」という状況に陥っているでしょう。学力の高い生徒は簡単すぎてつまらないでしょうし、低い生徒は授業についていくことができない。

 そこで、子どもによって異なる認知特性に応じた「個別最適な学び」が重要になってくるのです。これからは平均点周辺の子どもだけでなく、多様な認知特性を持つ子どもらにも個別最適な学びを提供し、各々が新しいことを学ぶ喜びを知り、自分の能力を伸ばしていくことができる教育が求められているのです。

 当然のことながら、平均点周辺には多くのデータがありますが、極端に学力が高いとか低いとデータの数は少なくなります。例えば先の埼玉県のデータであれば、750人もいるのだから、これ以上、他の学校や自治体とデータを連携しなくても、十分分析できるのではないかと思われる方もいるかもしれません。

 しかし、小・中学校別に、あるいは学年別に分析するとなると、埼玉県ほど大きな自治体でもデータの数は非常に小さくなってしまいます。つまり、データが大きくなれば、様々な認知特性の子どもにあった学習方法の開発ができ、授業で「ただひたすら座っているだけ」という子どもを減らすことができるのです。

 ここでは学力に絞って説明しましたが、「個別最適な学び」は、学力だけでなく、子どもたちの様々な能力を伸ばすためのものであるべきでしょう。