「不正を恐れてデータを使わない」のではなく
「不正を許さない仕組みづくり」を

 とはい言え、多くの人が心配になるのは、本当に正しい目的のためだけに使われるのか、と言いうことではないでしょうか。実はこれはかなり難しい問題です。ある人から見れば正しくとも、別の人から見ればそうではないということはあり得るでしょう。

 そして、たとえ匿名化されたデータであったとしても、分析の結果、不利益を被る人が出てくるかもしれない。そういう人に対してどのような配慮をするか、と言うことが重要です。

 専門的な言葉になりますが、EUにおけるGDPR(一般データ保護規則)のプロファイリング規制などについても研究を深めながら、関係省庁とともに継続的に検討をしていく必要があります。

 私自身のTwitterにも、「地獄への道は善意で舗装されているのだ」と警鐘を鳴らしてくださった方がおられました。様々なデータ分析についてご相談のある私の研究室にも、時々、受験や就職における差別やスティグマを生み出しかねないのではと懸念されるようなものがありますから、不適切なデータの使い方をしようとする人が出てくることを完全に排除することは難しい。そのことは私自身もよく承知しているつもりです。

 企業の内定辞退者の予測を行い、それを販売していたことで批判の対象となった企業が批判されたことは記憶に新しいところです。米国の連邦取引委員会も、ビッグデータを用いて個人の信用リスクの予測を行い、それに基づいて取引をするかどうかを決める企業に警告を発したことがあります。

 データ分析では「完璧な答え」を導き出せるわけではありませんから、それによって個人の可能性や挑戦の機会を奪うようなことがあってはならないのです。このため、「教育データ利活用データマップ」の34頁には、「教育データを利活用して、児童生徒個々人のふるい分けを行ったり、信条や価値観等のうち本人が外部に表出することを望まない内面の部分を可視化することがないようにする」ということも明記されています。

 しかし、不適切な使い方をする人が現れるリスクを恐れてデータを使わないというのではなく、不適切な使いわれ方を許さないように、法律や制度でデータの使用方法をきちんと決めてておくということが重要なのではないでしょうか。

 例えば、献血をすれば、それによって助かる命があるかもしれないが、人々が善意で提供した血液を不適切な使い方をする人や不当な利益を得ようとする人が現れるかもしれません。しかし、だからと言って、「献血をしない」と言う判断をするのではなく、不適切で不当な使用使われ方が行われないしない仕組みづくりについて、継続的に考えていく必要があるというのが私の立場です。

 兵庫県尼崎市には、市が独自に設置した第三者で構成される「倫理委員会」があり、尊厳や人権、その他の倫理面での配慮が十分になされていることが確認された場合のみにデータ利用が可能になる許可制になっています。

 加えて、データ連携が先行している医療・介護の分野では、特に北欧諸国を中心に医療データのコントロール権は患者側にあるというコンセンサスが確立しています。「何も隠さないことこそ、信頼獲得のカギである」であるという哲学から、患者のデータがどのように使われたのか、そのことを患者自身が確認(トレース)できるようになっています。

 これは、データのコントロール権は国民の側にあることを明確にし、不適切で不当な使用が行われていないことを国民側から監視するという観点でも非常に参考になります。

「不安を煽る報道」よりも「一次資料」を!

「教育データ利活用ロードマップ」は複数のメディアが報じていますが、あえて国民の誤解や不安を惹起するような報道をしているものも散見されます

 実は、私自身が過去に有識者として参加した「教育再生実行会議」でも、デジタル化タスクフォースが組成され、ここでもデータ標準化、学習履歴の利活用と個別最適化などに関する提言が行われました。これについても事実誤認を含む報道が行われ、後に記事を取り下げたメディアもあったほどです。

 政治や行政に対する不信感が根底にあることは個人としては理解できますが、それにしても正確な事実・表現に基づかない報道は感心できません。このような状況ですから、私からぜひ読者の皆様にお願いしたいのは、本件についてSNSでご自身の意見を表明される際には、ぜひデジタル庁のウェブサイトで公開されている「教育データ利活用ロードマップ」をご覧いただきたいということです。

 一次資料にあたらずに、報道を鵜呑みにし、自分の思いついたことを述べるということが大勢になれば、SNSは社会を悪くする方向にしか働かないと思うからです。

 一方で、報道を契機として誤解や不安が広がることのないよう、「教育データ利活用ロードマップ」の全容を丁寧に説明していく必要性も感じます。これから、様々な場をお借りして、丁寧に説明をし、発信していきたいと考えています。

 デジタル庁では、「教育データ利活用ロードマップ」の公開にあたり、国民からの意見の募集をおこなって行っていました。官公庁では、このような意見募集を出す段階ではかなり内容が固まっていることも多いと聞きますが、今回は実際にいただいた内容を取り入れて、大きく内容を変えたところもあります。

 実際に、意見募集前の草稿をご覧になった方からは、「最終的に発表されたものがかなり変わっていて驚いた」というお声もいただいています。私自身もまだまだ勉強が足りませんから、引き続き様々な方からのご意見を拝聴しながら進めていきたいと思います。

「教育データ利活用」当座の目標は
「学校の負担を軽減すること」

 また、学校現場の先生方をはじめとする教育関係者の皆様へ。ただでさえ多忙な教育現場に、また負担が増加するのではないかと不安を抱えておられる方も多いのではないでしょうか。

 ご心配には及びません。「教育データ利活用ロードマップ」の3頁にもあるように、当座の目標は、教育現場を対象にした調査や手続の原則オンライン化や、事務等の原則デジタル化などを進め、学校の負担を軽減することです

 学校現場の先生方にもデジタル化の恩恵があらねば、データは決して利活用などされないでしょう。デジタル化による学校の負担軽減を実現できるよう、力を尽くしたいと思います。

 最後に。2020年に経済学のトップレベルの国際学術誌であるQuarterly Journal of Economicsに掲載された論文によれば、社会保険、教育、職業訓練、現金給付など、公共政策は多岐にわたりますが、過去50年にわたるアメリカの133の公共政策を評価したところ、もっとも費用対効果が高いのは子どもの教育と健康への投資であるということです。

 子どもの教育や健康への投資を行った政府の政策の多くは、子どもが大人になった後の税収の増加や社会保障費の削減によって、初期の支出を回収できていることも示されています

 個人の可能性や挑戦の機会を奪うようなデータ利用を制しながら、多様な子どもたちに早期の、充実した支援を行うことができれば、子どもたちだけでなく社会全体が恩恵を受けることが出来ます。子どもの教育と健康への投資がより効果的なものになるよう、賢くデータを使う社会にできればと考えています。