ノーベル賞の魔力
物理学者──特に理論物理学を生業とする者にとって、ノーベル賞は特別なものです。特に本書のテーマである素粒子の最先端の理論は、常にノーベル賞に近い位置にある研究です。数年に一度は必ずこの分野からノーベル賞受賞者が出ていることからも、それがわかると思います。
したがって優秀な理論物理学者の頭の中には、常にノーベル賞というものが存在します。たとえて言うと、スポーツ選手が4年に1度のオリンピックで、金メダルを切望するようなものでしょう。
メダルに近い研究者たちは、当然、それを意識した行動をとるようになります。普段の研究でも受賞を念頭におくわけです。ノーベル賞を取るために研究を行っているといっても過言ではないかもしれません。金銭よりも、他のいかなる栄誉よりも重い、自らの存在意義そのものと言えるほどの賞なのです。
同じ年に同じ分野でノーベル賞を受賞できるのは3人までという決まりがあります。この狭き門が賞をめぐる駆け引きをより熾烈にしているのでしょう。本書では、ノーベル賞を切実に求める科学者たちの赤裸々な姿を、丹念な取材によって描きだしています。希代の天才たちといえども、賞の前には自制心を失ってしまうほどの魔力。このあたりの描写は、本書のハイライトと言える部分だと思います。
さて、ヒッグス粒子の存在がかなり高い精度で確認されたことで、2013年のノーベル物理学賞は、この分野の研究者に与えられる確率が高いと思われます。受賞候補者がかなり高齢になっていること、2012年のノーベル物理学賞受賞者が素粒子分野ではなかったこと、などを考えると、2013年というのは非常に大きなチャンスになるはずです。
そしてその受賞者は、おそらく本書に登場する誰かということになるでしょう。いったい誰が受賞するのか、また誰が栄誉に相応しいのか、といったことを考えながら本書を読んでみるのも一興かと思います。