事実は小説より奇なり 

本書の大きな特徴は、人類最高の頭脳を持つ天才物理学者たちが、生身の人間として描かれているところです。天才たちがいかに難問に立ち向かい、失敗を重ね、どのように成功にたどり着いたのかが、その人間性も交えて赤裸々に描かれます。

 ある者たちは協力し合う友人・同僚・師弟関係であり、またある者同士は我先にと競争するライバルとなります。さらには世界的で複雑な研究者ネットワークやノーベル賞という絶対的権威も絡んできます。学者間の力関係、多くの伏線、コミュニケーションの記憶と記録等々の多彩なドラマが展開されます。

 監訳者として本書に携わる前から、私は登場人物たちに関するある程度の知識は持っていました。どのような仕事を成し遂げたかについても理解していました。しかし、本書に記された詳細な事実関係や人間関係については初めて知ったことが多く、それらは実に興味深いものでした。

 手紙や論文に残されていた真実、誰が誰のアイデアに触発されたかに関する謎、自分のアイデアの重要さに気づかなかった研究者、わずかな順番の違いで栄光を得た者と逃した者、共同で研究を成し遂げたのに名声を得たのは一方だけだったという悲哀、そこに介在する駆け引きやさまざまな偶然──まさに「事実は小説より奇なり」と感じました。

 また、学問を探求する姿から規律正しい人物像を想像されがちな科学者たちの、実は極めて人間臭い面を垣間見られたのも非常に大きな収穫でした。そして、科学者たちがそうした面を見せる大きな理由こそが、ノーベル賞の存在です。