身体データのプラットフォーム構築へ

星:具体的に、どのように身体パフォーマンスを可視化していったのですか。

杉原:僕らは一つの仮説を立てました。

 車いすレースにおいて、座っているポジション(シーティング・ポジション)によって、発揮できるパフォーマンスが圧倒的に変わるのではないかという仮説です。

 シーティングポジションの重要性は、モータースポーツでは当たり前のように広く知られていることなのですが、こと車いすに関していうと、シーティングの重要性はわかっていたものの、可視化の手法がありませんでした。

 トライ・アンド・エラーのエラーができないので、研究者の方、医療従事者の方もなかなか一歩、踏み込めなかったんです。

星:そうだったんですね。

杉原:この仮説にエビデンスはなかったので、大企業なら稟議が通らなかったと思います(笑)。

 僕らのような、フットワークが軽い小さな企業だからこそできたと思います。

 約2年かけて、モーションキャプチャー、ハイスピードカメラ等様々なセンシングを使いながら、およそ数万通りの伊藤選手のデータを取りました。

 本人の感覚・経験則を数値化していくことで、伊藤選手と僕らは数字という共通言語を手に入れたわけです。

 その結果、伊藤選手のスウィート・スポットが「3つ」見つかりました。

星:スウィート・スポットとは、どういうものですか。

杉原:そこに座るとタイムが速くなるスポットです。

 そして、3つそれぞれについて実機をつくり、伊藤選手がそのうちの一つを選びました。

 最終的に、陸上競技用車いす「RDS WF01TR AT01」の開発につながりました。

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星:その過程で得られた知見をどのように一般社会に応用していったのですか。

杉原:伊藤選手を解析したときのアナログ的なやり方を、より効率化を目的にロボティクスの技術が導入し開発したのが「RDS SS01」というシーティング・シミュレーターです。

 SS01は、一般車椅子ユーザー用のシミュレーターに改良され、2019年より国立障害者リハビリテーションセンターで実証試験が行われています。

 2021年には、「RDS SS01」の改良版の開発が始まり、よりスリム化、より汎用的なマシンになる予定で、一人ひとりに最適なシーティング・ポジションを提案していきます。

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星:車いすレーサーから、一般の車いすユーザーへとシフトしたわけですね。

杉原:ええ。座る姿勢は健康状態に大きく影響するんです。

 僕らはさらに、様々な人や会社を巻き込みながら、身体のデータを集めたプラットフォームをつくろうとしています。

 座ることに限らず、歩行、尿検査、ゲノムなども含む、ビッグデータが集まるプラットフォームです。

星:そのプラットフォームは、どのように社会に役立つのですか。

杉原:今後、企業が商品やサービスを開発していくうえで、大量生産の時代からパーソナライズの時代へ変わっていくと思うんですよね。

 消費者はいかに自分に合ったものを手に入れられるかを重視するようになる。

 そうなると、企業の商品・サービス開発に身体データが必要とされるようになります。また、新しい健康診断の指標づくりにも役立ちます。

星:ベイエリアでもヘルスケアの分野での投資が進んでいますし、このデータがほしい人はたくさんいるでしょうね。

本当の意味での好奇心

星:プロジェクトの内容も面白いんですけど、その中で行里さんの哲学とか人柄みたいなものが、僕なりに一貫して解釈できてきました。

 世界最速を競うF1で培われた技術が、一般社会に応用されていくとか、車いすレーサーのことを研究していく中で得られた知見が、同様の障害を持っている他の車いすユーザーに役立てられるとか、トップの部分・一番困難な部分を突き詰めていくことによって周りに広がっていくことがあるという事例をいくつかいただいたと思うんですけど、それが行里さんの精神性にも通じていると感じました。

杉原:ありがとうございます!(笑)

星:常に一番困難なものを提案していきたいという姿勢に通じているように思いました。簡単なところからいくよりも、まず根本の難しいところから取り組んでいくほうが最終的に広がりを持つということでしょうか。

杉原:近道だと感じていることが、遠回りということもありますからね。

星:カッコつけているわけじゃなく、自然にそういうスピリットを持っていらっしゃるところに、非常に感銘を受けました。

杉原:速効性を求めてすぐ出口戦略の話をするような取り組み方だと、失敗したときにどうすればいいかわからなくなってしまいますよね。

 出口って、必ず予想もしていなかったような出口があるものですから。僕はそれを「余白」なんて呼んでいます。

星:あらかじめ理性的にデザインできないような部分を残しておくということでしょうか。

 常に困難な課題にチャレンジしたいという姿勢にも通じていますし、他の人や会社を巻き込んでいくスタイルにも通じますね。

 行里さんは本当の意味での好奇心を持っていらっしゃるんですね。

(後編につづく)