「起業したい」「新規事業を立ち上げたい」「画期的な新商品を出したい」……。そう考えている人は明らかに増えている。エリートを育てる大学の最高峰であるハーバード・ビジネス・スクールも、その傾向は顕著なようだ。同スクールで長年起業に関連する科目を多数担当してきたトム・アイゼンマン教授が1300社におよぶスタートアップの行方を見守った経験からの洞察を集めた『起業の失敗大全 スタートアップの成否を決める6つのパターン』(ダイヤモンド社)の邦訳がついに刊行された。起業は、失敗を恐れていては一歩も進むことはできないが、失敗のほとんどを占める要因を知らずして成功は難しいかもしれない。同書から、要点を紹介していく。(訳:グロービス)

起業の失敗大全Photo: Adobe Stock

起業家の究極のジレンマとは?

 起業家(アントレプレナー)とは、リソース(経営資源)がないなかで新しい機会を追求する人のことです。創業3年未満のアーリーステージのスタートアップ企業にとって、これは「堂々巡り」の状況、つまり「経験なくしてビジネスは得られず、ビジネスなくして経験は得られない」という、論理的な行き詰まりをもたらします。

 起業家はベンチャーを成功させるために必要なリソースを、すべてではないにしても、多少は持っています。例えば、共同創業者、専門的なスキルを持つチームメンバー、外部の投資家、技術や販売をサポートしてくれる戦略的パートナーなどです。不足しているリソースを得るためには、起業家は、あらゆるリスクを伴うベンチャーへの参加が魅力的なリターンをもたらすことを、彼らに納得させなければなりません。

 この難所を打開すべく、アーリーステージの起業家は以下の4つの戦術から1つ以上を採用し、リソースを調達します。しかし、これらの戦術にはいずれも大きな危険が伴います。

戦術1:リーン・エクスペリメント(リスクの解決)

 起業家は、リソースの投入を最小限に抑えたMVP(Minimum Viable Products)によって、ビジネスチャンスについての仮説を検証し、ベンチャーの不確実性を解消することができます。MVPテストの結果は、従業員や投資家がベンチャーに参画するかどうかを決める際の判断材料となります。

その危険性:顧客のニーズを理解し、自分たちが考えているソリューションがそれを満たすかどうかを知るための、重要な初期調査を回避してしまうことです。Chapter 3では、オンライン・デートサービスで失敗したトライアンギュレート社の事例を紹介します。また、人は「自分が見たいものを見る」ようにできているので、起業家は擬陽性の罠に陥りがちです。Chapter 4で、擬陽性とそれを回避する方法について説明します。

戦術2:パートナーシップ(リスクの移転)

 起業家は、技術や販売網などのリソースを戦略的パートナーから「借りる」ことができます。パートナーは、企業規模の大きさや懐の深さから、スタートアップのリスクを一部負担することができます。

その危険性:実績がなく、存続の見通しが立たないアーリーステージのスタートアップ企業にとって、戦略的パートナーとの契約は難しく、契約後に両者の利害を調整することも簡単ではありません。Chapter 2で紹介するクインシー社は、協力工場から良いサービスを受けるのに苦労しました。

戦術3:ステージング(リスクの先送り)

 VCの支援を受けたスタートアップは、段階的に資金を調達します。多くの場合、プロダクト開発の完了やローンチなど、次の重要なマイルストーンを達成するのに必要な資金を、ラウンドごとに調達します[1]。この方法では、スタートアップが重要なマイルストーンを達成できなかった場合、投資家は将来の支出を避けられるので、リスクを先送りすることができます。

その危険性:初期資金の調達に苦労している起業家、特に実績のない初めて会社を創った起業家は、好ましくない投資家から資金調達せざるを得ないことがあります。例えば、あまりサポートしてくれない投資家や、リスクとリターンのトレードオフに関する選好が一致しない投資家、あるいは、失敗したときに追加の資金を提供できない投資家などです。

戦術4:ストーリーテリング(リスクの軽視)

 潜在的な従業員、投資家、戦略的パートナーを魅了し、現実のリスクよりも、スタートアップの世界を変える可能性に注目させる、つまり「現実歪曲フィールド(カリスマ起業家の卓越したプレゼン力による)」を広めることで、特に自信過剰でカリスマ性のある起業家は、自分のベンチャーに有利な条件でリソースを獲得することができます。従業員は、長時間労働を覚悟したり、ストックオプション(株式による報酬)と引き換えに相場以下の給料で働いたりしてくれるかもしれません。

その危険性:現実歪曲フィールドは、それ自体が急変する可能性があります。自信過剰な起業家は、自分のビジョンが夢物語であることを示すシグナルを察知できないものです。起業家の現実歪曲フィールドは、何百人もの従業員と何億ドルもの投資資金を抱えるレイターステージのスタートアップに、とんでもないマイナスの影響を及ぼす可能性があります。