唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント9万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』が発刊された。坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。

【外科医が教える】「人体・医学」に興味を持った人たちに心底オススメしたい「7冊」の本Photo: Adobe Stock

読書は「無数の問いが生まれる」出発点

 本書『すばらしい人体』のサブタイトルは「あなたの体をめぐる知的冒険」である。だが、本書を読み終わった今でも、あなたは決して「冒険」を終えた状態にあるのではない。ただ、深淵な知の洞窟へ一歩足を踏み入れたに過ぎないのだ。まだまだ冒険は始まったばかりである。

 学びによって高まるのは、「知識の量」よりむしろ「知識がないことへの自覚」だと私は思う。学べば学ぶほどに自分の無知に繰り返し気づかされ、知の世界の奥行きに驚嘆の念を抱くのだ。

 物理学者のカルロ・ロヴェッリは、『時間は存在しない』(NHK出版)の中で、「驚嘆の念こそがわたしたちの知識欲の源であり、時間が自分たちの思っていたようなものでないとわかったとたんに、無数の問いが生まれる」と書いている。

 ここでいう「時間」は、「医学」や「生物学」「語学」など、あらゆるテーマに置き換えることができるだろう。何かが「わかった」ときはゴールではない。「無数の問いが生まれる」出発点なのだ。

 本書における私の最後の重要な役割は、今まさにスタートラインに立ち、これから自らの足で冒険を続けるあなたをご案内するため、私の持ついくつかの「地図」を手渡すことだ。その観点からお届けするのが、「読書案内」である。

 ここでは、「人体・医学に興味を持った人たちにお勧めしたい本」として、いくつかの作品をご紹介する。参考にしていただければ幸いである。

『がん 4000年の歴史』

◎『がん 4000年の歴史(上・下)』(シッダールタ・ムカジー著、田中文訳、ハヤカワ文庫、二〇一六)

 がんがいかなる病気であるかを四千年の月日を越えて解き明かし、その原因の究明、治療法の開発に心血を注いできた人たちの活躍が緻密に描かれる。

 がんについて語る本は多くあるが、本作の最大の特色は、著者であるシッダールタ・ムカジーが現役の医師であること、それも最前線でがん患者に治療を施す腫瘍内科医であることだ。現代におけるがん治療の現場を知り尽くした著者自身が、がんの歴史を俯瞰し、言葉を紡いだ作品であるからこそ貴重なのである。

『若い読者に贈る美しい生物学講義』

◎『若い読者に贈る美しい生物学講義』(更科功著、ダイヤモンド社、二〇一九)

 生物学者である著者が、生物学という学問の楽しさを教えてくれる作品である。「若い読者に贈る」と書いてはいるものの、老若男女、誰もが深いところまでしっかり学べて満足できる、骨太な一冊だ。

 生物について学ぼうとする私たちもまた生物なのであり、生物を知ろうとすることは自分自身の存在を知ろうとすることに他ならず、これを突き詰めれば行き着く先は「哲学」である。そんなことをじっくり考えてしまう内容である。

『こわいもの知らずの病理学講義』

◎『こわいもの知らずの病理学講義』(仲野徹著、晶文社、二〇一七)

 病理学が専門の研究者である著者が、人体のしくみや病気の成り立ちを、主に細胞、分子レベルのミクロな視座から解説した作品である。本書を読んで、メカニズムから病気を深く理解したいと考える方にはお勧めだ。

「近所のおっちゃん・おばちゃん」に読ませるつもりで書き下ろした、と著者が語る通り、その筆致は親しみがあってユニークだが、「病理学講義」という名の通り内容は本格的である。しっかり学べる、満腹感のある一冊である。

『医学全史』

◎『医学全史 西洋から東洋・日本まで』(坂井建雄著、ちくま新書、二〇二〇)

 今、私たちが享受する現代医学はどのように出来上がったのか。詳細な原典資料をもとに、医学の歴史を緻密に振り返る作品である。安易に「わかりやすい物語」を展開せず、淡々と歴史的事実を編んでいくところが本作の魅力であり、信頼できる所以だ。著者は解剖学者であり、かつ医史学の第一人者でもある。

 なお、本作には『図説 医学の歴史』(坂井建雄著、医学書院、二〇一九)という「親本」がある。いわば本作の「プロフェッショナル版」であり、多数の図版が掲載された、重量感のある学術書である。医学の歴史をさらに深く学びたい人にはお勧めだ。

『まんが 医学の歴史』

◎『まんが 医学の歴史』(茨木保著、医学書院、二〇〇八)

 医学史を扱った作品の中でもっとも「入門」に適しているのが、この『まんが 医学の歴史』である。著者は、医師兼漫画家である。テキストだけではイメージしづらい人物像や偉人たちのやりとりも、漫画として描かれると途端に理解しやすくなる。

 この作品は短編集の形態をとり、さまざまな人物にスポットを当てている。ナイチンゲールや野口英世など、本書では取り上げなかった人物も、それぞれの短編の主役として登場する。医学の歴史を、さらに幅広く知ることができるだろう。

『新薬という奇跡』

◎『新薬という奇跡 成功率0.1%の探求
(ドナルド・R・キルシュ、オギ・オーガス著、寺町朋子訳、ハヤカワ文庫、二〇二一)

 著者は、製薬業界に三十五年間身を置く、業界の内情に精通したライターである。著名な製薬会社や医薬品の名前をあげ、よく知られた薬学史を振り返りつつ、その背後にあった(あまり知られていない)苦々しい人間ドラマを描き出す。

 本作を読めば、新薬の開発がまさに苦難の連続であり、偶然の要素に左右されるものであることがよく理解できる。同時に、私たちが日常的に使う多くの医薬品が、いかに危うい橋を渡ってきたかを思い、関わった研究者たちに深い感銘を抱くことになるのだ。

『医療の歴史』

◎『医療の歴史 穿孔開頭術から幹細胞治療までの1万2千年史
(スティーブ・パーカー著、千葉喜久枝訳、創元社、二〇一六)

 二〇〇点以上の写真や図版がフルカラーで収録され、先史時代から現代に至るまで、キーとなった出来事を紹介していく。開頭術を受けたと思われる先史時代の頭蓋骨や、医師がヒルを備蓄していた壺(本書・一八三頁参照)など、実物の写真が提示されていて迫力がある。学生時代、社会科の資料集を眺めるのが好きだった私のような人には、うってつけの作品である。

(※本原稿は『すばらしい人体』を抜粋・再編集したものです)