健康でいつまでも長生きしたい――。平均寿命が延びるなかで「健康寿命」も延ばしたいと、運動や食生活への意識が高まっている。そんななか、『すばらしい人体』が16万部と異例のベストセラーとなっている。実践的なトレーニング本でもなければ、食養生の本でもない。人体の面白さや医学の奥深さに真正面から向き合った本書が、なぜこれだけ爆発的に売れているのか。それは、自分たちの身体が持つ素晴らしい機能について、あまりにも無知だったことに、多くの人が気づかされたからだろう。そこでブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント9万人超のフォロワーを持つ著者の山本健人氏に今、かつてないほど注目が集まっている「人体のすばらしさ」ついて語ってもらった。(取材・構成:真山知幸)
肛門と向き合う
――『すばらしい人体』が16万部と異例のベストセラーとなり、今もその勢いはとどまるところを知りません。「はじめに」でいきなり、肛門の話が出てきたのには驚きました。なかなか、肛門と向き合うことはないものですから……。
山本健人(以下、山本):肛門の役割は経験上よくわかっているはずなのに、そのありがたみに、なかなか気づけないんですよね。肛門には極めて優れたセンサーがついていて「降りてきたものが気体か固体か」を判別することができます。だから、私たちは安心しておならができるわけです。
――確かに肛門のそのセンサーがきちんと働いていないと、毎日の生活にかなり支障をきたしそうです。
山本:「固体だと思ったら気体だった」なら困りませんが、「気体だと思ったら固体だった」は大惨事ですからね。もう一つ、肛門が優れているところは「便を無意識に貯めておける」ことです。
貯めておいて、便を出したいときに排出できる。当たり前だと思いがちですが、医学的に観れば、とてつもなく優れた機能です。もし、便が出ないよう常に肛門を意識的に締めなければならないとすると、日常生活が成り立ちません。
つまり、自分の意思とは関係なく、通常は「自動」で肛門を締めておいてほしい。それでいて、肛門を開くときは「手動」、つまり、自分のタイミングで行いたいわけです。厄介な望みですよね。
――言われてみれば、肛門はかなり人間のわがままを叶えてくれているんですね。なぜそんな複雑な動きが可能なのでしょうか。
山本:人体には、肛門を締めるための筋肉が二つあります。まず内側にある内肛門括約筋です。内肛門括約筋は自動で動くため、「不随意筋」と呼びます。わかりやすい例をあげると、心臓も同じく不随意筋です。心臓は自動で動いてくれないと困りますよね。
もう一つ、外側に外肛門括約筋があります。外肛門括約筋は自分の意思で動かすことできるため、「随意筋」と呼びます。例えば、足や腕の筋肉は自分の意思で動かすので随意筋です。
肛門は不随意筋と随意筋の2種類があるために、自動と手動の両方の動きに対応できるのです。いわば、オートとマニュアルの両方が備わっているのが、肛門のすばらしいところだといえるでしょう。
ちなみに乳幼児はこの「マニュアル機能」が未熟で、いつでもどこでも「オート」に排便してしまいますよね。大人なら、直腸に便が溜まって内側の筋肉がゆるんで便を出そうとした時、外側の筋肉で意識的に締め付けて耐えることができるわけです。もちろんこのマニュアルにも限界があるのですが…
2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医など。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワーもうすぐ10万人。著書に16万部突破のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)など。
――直腸がんなどで肛門をとる手術を行なうと、人工肛門をつけますが、人体の肛門とどんな違いがありますか。
山本:人工肛門の場合は、腸を腹部の外に出して、袋をつけます。そこに便を貯めるのですが、便意がないため、便がいつ出てくるかわかりません。肛門のように開け閉めできる括約筋はないので、自然と便が袋に貯まる仕組みです。
もちろん人工肛門を持つ方は、食後どのくらいで便が出るかを経験的に学んで対処します。ただ、「人工」という言葉から想像するような、肛門を機械的に作ったものではないのです。
これから技術がどれだけ発達したとしても、肛門自体を機械的に作るのはかなり難しいでしょう。それくらい、人間がもっている肛門の機能は優れているということです。
毎日使っていると、気がつかないこと
――肛門が複雑な動きをしながら日々がんばってくれていることに、全く気づいてあげられませんでした……。これからはなるべく労いたいと思います。
山本:私の知人も、肛門の手術を受けて「実弾と空砲の区別がつかない」という悩みを吐露したことがあります。肛門が持つ気体と固体を区別するセンサーや、自動と手動を兼ねそろえた機能は、もっと知られるべき優れた機能だと思ったので、本書の「はじめに」で触れました。
ただ「毎日使っているからこそ、ありがたみがわからない」というのは、肛門に限ったことではありません。正常に働かなくなって初めて、これまでいかにうまく機能していたかを知る。それは人体のあらゆる器官にいえることです。
でも、きちんと機能しているときに、そのありがたみを感じておきたいですよね。身体の器官をより大切にすることで、防げる病気がありますから。身体に興味を持ち、人知れず果たしている役割を知ることが、予防医学にもつながっていきます。
――『すばらしい人体』では、そういった意外と知られていない人体の優れた機能がたくさん紹介されていますね。
山本:この本が多くの人に受け入れられているのは「毎日使っている自分の身体のことをもっと知りたい!」という思いの現れではないでしょうか。どうしても私たちは明日すぐ役に立つような情報に飛びつきがちですが、当たり前に思っていることを見つめ直す。それこそが教養だと思います。
この本を通じて、自分の身体のすばらしさを存分に感じてもらえれば、著者としても、また日々臨床を行う外科医としても、これほどうれしいことはありません。
(了)