ウルヴェ 直接話すようになったのは2015年くらいからです。メダリストたちが集まる会が定期的にあって、世代は違いますが、そこで食事をしながら話したのが最初です。スポーツ心理学のことも話題になりました。そのうちLINEでやりとりするようになって、村田さんは読書家なので、哲学とか精神分析の本の感想を言い合って、交流が深まりました。

小林 親しい交流が事前にあったのですね。

ウルヴェ メンタルトレーニングを始めたのは11月で、試合の半年前くらいでした。正確に言うと、その時点では試合の2カ月前だったのです。そのときは12月に試合の予定でしたから。

小林 コロナ禍で試合が延期になって、それで期間が半年に延びた。

ウルヴェ 最初は2カ月の予定でした。最後、心理的にも研ぎ澄ましていく時期です。ゴロフキン戦に向けて強い心を作っていく、そのプロセスを後世に残したい、研究材料として僕を使ってみませんか、というようなアプローチでした。そもそも村田さんはすでに超トップアスリートでいらっしゃいますから、日本で一般的にイメージされているであろうメンタルトレーニングは必要のない方なので、諸外国の研究や実践で行われている「トップアスリートのためのメンタルトレーニング」を依頼されたと私は理解しました。

小林 村田選手自身は、ウルヴェさんとのメンタルトレーニングのセッションで何をつかみたかったのでしょう。

ボクシング・村田諒太に学ぶメンタルの鍛え方、「マイナス思考になる強さ」とは?セッションを行うウルヴェさんと村田選手 写真は所属事務所提供

ウルヴェ スポーツ心理学者がやるべきことは決まっています。まず、行き先を確認する。番組の中にもありましたが、村田さんは「強くなりたいんですよ」と言っていました。

小林 村田選手はアマチュアの頃、「すごく“ビビる”タイプで、大きな試合で力が出せなかった。それで、日本代表から外されたことがあった。オリンピックの代表に選ぶときも随分反対があった」と取材で聞いたことがあります。

ウルヴェ そうですか。村田さんご本人ではない他人の聞き伝えの情報にはコメントのしようがありませんが。

小林 なるほど(苦笑)。

ウルヴェ 村田さんご自身の「強くなりたい」とはどういう意味なのか、最終の行き先、つまり目標確認には、かなり時間をかけて言語化をしました。そして、最終地を確認後、その地点に村田さんが行く意味は何なのか。いわゆる「旅の目的」を整理します。

 この目標地点、ゴールと目的という出発点を二人で共有した後、その出発点からゴールまでの航路は村田さんご本人が感じ、考えていくことです。その感情と思考のプロセスという航路に私はちょっと後ろから随行する随行者でした。こういったメンタルのトレーニングは「セッション=対話」という形で、そのセッションを全て壁一面のホワイトボードに可視化していきます。どんな競技のトップアスリートに対しても同様の手法でやっています。

小林 ウルヴェさんは、意図的に村田選手をある方向に導くような言葉をほとんど使わなかった。それも印象的でした。

ウルヴェ 選手本人が、何を感じ、何を考えることが、その日の最適な行動選択に有効なのか。これはご本人が決めることです。ホワイトボードにご本人の心の動きを可視化させて、曖昧な表現には、「なぜそう考えるのか?」と問うたり、ご本人が整理できていない内容に関しては、「それはつまりこういうことか?」と伺ったりするのが私の役目です。私自身からの質問は、常に心理学の科学的根拠に合わせています。

小林 選手自身が選択して方向を決める。だけど、間違った方向に進んだまま試合に臨むわけにもいきませんよね?

ウルヴェ 今回の村田さんとのセッションで、いわゆる間違った方向というようなときはありませんでした。でも過去の他競技の方との経験ではあります。どんなトップアスリートでも、感情や思考の調整でご本人が見失うときはあります。

「このままだと悪い緊張のまま試合に向かってしまうな、このままだと身体のけがにつながるな」などというような場合はあります。そんなときは理論や実践例を情報として伝えますが、それでも選手本人が主体ですから、ご本人に選択の責任があります。それは身体面や戦術面のトレーニングでも一緒でしょう。