この4月から、高等学校の家庭科で「金融教育」が始まります。Webメディアや新聞、雑誌などでも、金融教育の特集が組まれているのをよく見かけるようになりました。本記事では、ゴールドマン・サックスで16年金利トレーダーとして勤めたのちに『お金のむこうに人がいる』という本を著し、現在は金融教育家として活動する田内学氏が、私たちの「お金のイメージ」に大きな影響を与えた、誰もが知っている人物の話をします。(構成:編集部/今野良介)
金融教育というと、「お金を増やす方法」とか「投資」を学ぶことだというイメージがあるかもしれませんが、実はそうではありません。もっと根本的なお金との付き合い方を身につけることが目的なのです。
ところで、そういう教育を受けてない私たちの世代には、「お金は汚いものだ」というイメージのほうが強くないでしょうか?
冒頭のシーンは、三田紀房先生の人気マンガ『インベスターZ』での一コマ。
“超”進学校に入学した主人公が、学校の資産3000億円を運用する「投資部」で活躍するストーリーです。
この中で、「お金は汚いもの」という思想を植え付けたのは一人の戦国武将だった、という話が出てきます。
その人物は、織田信長が討たれた「本能寺の変」で自分の身にも危険を感じ、領地まで命からがら逃げてきた経験から、どうすれば謀反が起きないかを懸命に考えたそうです。そうして出した結論が「お金は汚いもの」思想を広めることだった、というのです。
その人物とは、200年以上続いた江戸幕府の開祖、徳川家康です。
『インベスターZ』では、次のような説明が続きます。
“財力があると必ず権力を倒し取って代わろうとしてくる。(中略)士農工商のなかで唯一大金を持つ商人は強欲で汚れた金にまみれた身分の一番低い賤しいものだとして、他の民衆の不満を抑えた。(中略)そしてこの価値観は維新を経て時代が変わっても子孫に受け継がれている”
江戸時代が終わって150年経ち、ようやく「お金は汚いもの思想」が薄れ始め、金融教育が始まったのです。
江戸時代は「お金」を貯めると損だった理由
身分制度と同様、江戸時代の日本では「貴穀賤金(きこくせんきん)」と言われた「お金よりもお米を重んじるべきだ」という考え方が支配的でした。
しかし、その一方で、金融も大変発達していました。大阪では、世界初の先物取引所が1730年に開設されています。江戸幕府公認の「堂島米市場」です。
先物取引の発祥の地はニューヨークやロンドンではなく、大阪だったのです。これは、金融商品について学ぶ専門書などを読むと、必ず書かれている有名な話です。
ところで、今の日本ではマイナス金利政策が導入されているのはご存じでしょうか。
2016年に日本銀行がマイナス金利政策を導入したときは、世間を驚かせました。貯めているお金にマイナスの金利をつけることによって、人々がお金を使うことを促して景気を良くしようとするものです。
実は、このマイナス金利も江戸時代に導入されていたのです。
それは、「俸禄」です。武士の給料はお米でした。受け取った米は、毎日の食卓に上がる分もあったでしょうが、その多くは、お金の代わりに使われていました。
お米というお金は、実質的にマイナス金利です。貯めておいても金利はつきませんし、それどころか数年もすれば傷んでしまいますので、早めに使う必要がありました。
「お金は汚いもの」という刷り込みはあった一方、江戸時代の日本は金融先進国でもあったのです。
お金の話というと冷たい印象を受けますが、こうして歴史を紐解いていくと、お金は長年私たちの生活に密着してきた「道具」だとわかります。
もう少しだけ、歴史の話をします。
暗号資産と銅銭の共通点
日本で初めて貨幣が流通したのは、8世紀初頭の「銅銭」までさかのぼります。
当時、平城京の市場では、お米や銅銭を支払って、魚や塩・土器などの物資を購入することができました。
お米ならば価値を感じるのはわかりますが、どうして銅銭に価値を感じたのでしょうか。これには、「税」が大きく関わっています。
「なんと(710)、平城、長安まねる」という語呂合わせにあるように、710年に長安を真似て作られたのが平城京です。
この平城京を建設するために雇われた労働者には、「和同開珎」という初の国産貨幣が給料として配られたそうです。当時はまだ珍しかった銅銭を初めて見た人たちは、「なんだ、これは?」と思ったでしょう。彼らが暮らすためには、得体の知れない銅銭よりも、衣食住を満たすための物資が必要だったはずですから。
しかし、彼らは、平城京の市場に行って、その銅銭を必要な商品と交換していました。
市場で商品を売る人は、どうして、銅銭との交換に応じてくれたのか?
簡単な理由です。銅銭を税金として納めないと処罰されるからです。
銅銭を給料として支払うことで「銅銭を使いたい人」を生み出し、銅銭を税として納めさせることで「銅銭を欲しがる人」を生み出す。
この「政府の給料」と「税」によって、銅銭は流通するようになりました。
そして、これは当時の銅銭に限ったことではなく、現代にもあてはまります。「ニューヨークの新市長が初任給は暗号資産で受け取る」とか、「〇〇国では暗号資産で納税できるようになった」というニュースが流れると暗号資産業界が大きく盛り上がるのは、そのためです。
平城京の銅銭の例でもわかるように、「政府の給料」と「税」という仕組みが、お金に価値を生み出し、お金を流通させているのです。
私の著書『お金のむこうに人がいる』でも「現代の経済の問題」を考えるために「お金の歴史」をさかのぼっていますが、歴史を紐解いていくと「お金の素顔」が見えてきて、現代社会に通じる事柄に気づくことが多いのです。
冒頭で紹介した高校の「金融教育」でフォーカスされているのは、「お金を通して自分と社会がどのように関わり合っているか」「お金という道具をどのように使えば自分が幸せになるのか」を考えることです。子どもたちだけでなく、われわれ大人も、お金について学び直す機会になるといいなと私は思っています。