世界的に有名な企業家や研究者を数多く輩出している米国・カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院。同校の准教授として活躍する経済学者・鎌田雄一郎氏の『16歳からのはじめてのゲーム理論』は、著者の専門である「ゲーム理論」の本質をネズミの親子のストーリーで理解できる画期的な一冊だ。
ゲーム理論は、社会で人や組織がどのような意思決定をするかを予測する理論で、ビジネスの戦略決定や政治の分析など多分野で応用される。そのエッセンスは、多くのビジネスパーソンにも役に立つものである。本書は、各紙(日経、毎日、朝日)で書評が相次ぎ、竹内薫氏(サイエンス作家)、大竹文雄氏(大阪大学教授)、神取道宏氏(東京大学教授)、松井彰彦氏(東京大学教授)から絶賛されている。その内容を人気漫画家の光用千春さんがマンガ化! WEB限定特別公開の連載スタートです(全7回、毎週日曜日更新予定)。
「全会一致」の落とし穴
【解説コラム】
ネズミ親子の最初の物語は、T氏の全会一致にまつわる話でした。この話の元ネタは、1998年にAmerican Political Science Reviewという学術雑誌に紹介された、ティモシー・フェダーソン氏とウォルフガング・ピーセンドルファー氏による“Convicting the Innocent: The Inferiority of Unanimous Jury Verdicts under Strategic Voting”(訳:『無実の罪:戦略的投票下での全会一致の劣位性』)という論文です。
この論文では、全会一致および多数決を含む様々な投票システムの数理分析がなされています。
この論文で、全会一致という一見「なかなか議案が通らなさそう」な手法の思いがけない落とし穴が、数式を使って厳密に明らかにされました。どのように投票すべきかを考えるとき、他の投票者を確率的に行動するロボットのようなものだと思う当初のネズミ親子の考え方は、「社会の中で考える」ためには十分ではありません。
他の人も頭で考える
F夫人のように、他の人も頭で考える人間であることを加味すべきだ(これを、「戦略的投票」といいます)、というのが、今回の物語のミソです。
アメリカの陪審制(市民が裁判に参加し、有罪・無罪の判定をしたりする制度です)では、基本的に全会一致が採られます。これはおそらく評決に慎重を期すためでしょうが、実は陪審員たちの戦略的投票により、無実の被疑者が有罪とされてしまう可能性が高い制度になってしまっているということを、論文は指摘しています。
それで、「無実の罪」という論文タイトルになっているわけです。
私が初めてこの論文に出合ったのはアメリカに渡ったばかり、大学院1年生の頃でした(私は2007年にアメリカに渡り、それから現在までずっとアメリカで生活しています)。当時同じ大学院の5年生だった(そしてのちに私と共著論文を何度も書くこととなる)小島武仁氏に政治経済学の面白さを教えてもらっていた時に話題に出てきたのだったと、記憶しています。
ゲーム理論の応用例
政治経済学とは、経済学のツールを用いて政治を分析しよう、という学問分野です。この政治の理論の研究、たとえば投票行動の分析や、選挙候補者のマニフェストの決定問題は、ゲーム理論が応用された成功例です。
投票者どうしがお互いの投票行動を読み合いながら何に1票投じるかを考えたり、候補者どうしがお互いのマニフェスト決定を読み合いながら自分のマニフェストを決めたり。そうした分析には、ゲーム理論がもってこいなのです。
なぜ投票率は上がらないのか、なぜ政治家は曖昧なことを言うのか、もしくはなぜどの政治家も似たようなことばかり言うのか。
ゲーム理論を使って、こうした問題に次々と答えが見つかっていっています。