猫はなぜ高いところから落ちても足から着地できるのか? 科学者は何百年も昔から、猫の宙返りに心惹かれ、物理、光学、数学、神経科学、ロボティクスなどのアプローチからその驚くべき謎を探究してきた。「ネコひねり問題」を解き明かすとともに、猫をめぐる科学者たちの真摯かつ愉快な研究エピソードの数々を紹介する『「ネコひねり問題」を超一流の科学者たちが全力で考えてみた』が発刊された。
養老孟司氏(解剖学者)「猫にまつわる挿話もとても面白い。苦手な人でも物理を勉強したくなるだろう。」、円城塔氏(作家)「夏目漱石がもし本書を読んでいたならば、『吾輩は猫である』作中の水島寒月は、「首縊りの力学」にならべて「ネコひねり問題」を講じただろう。」、吉川浩満氏(文筆家)「猫の宙返りから科学史が見える! こんな本ほかにある?」と絶賛された、本書の内容の一部を紹介します。
初披露から大喝采
多くの科学博物館に展示されている羅針盤のような円盤の真上に吊された巨大な振り子は、考案者レオン・フーコーの名前を取ってフーコーの振り子と呼ばれていて、一八五一年に初披露されて大喝采を浴び、それ以来ずっと人々の興味を集めている。
それだけ人気なのは、地球が自転していることをシンプルかつ直接的に示してくれているからだ。
一見したところ、羅針盤に似た円盤の中心を貫く線に沿って振り子が前後に振動しているだけのように見える。しかし数分間眺めていると、振り子の通る線が徐々に変化していて、まるで時計の分針のように円盤上をどちらか一方向に回転しているのが分かる。
地球の自転を「見る」
だが振り子自体の運動方向は変化していない。吊り下げられた振り子の下で地球が自転しているだけなのだ。もしも北極点でフーコーの振り子を吊したら、地球の自転につれて振り子の振動方向が二四時間で三六〇度回転するように見えるだろう。
一日経てば最初の振動方向に戻るはずだ。南極点で吊せば逆方向に回転するように見えるだろう。このようにフーコーの振り子を使えば、地球の自転を簡単に直接「見る」ことができるのだ。
医者を目指すが…
一八一九年にパリで生まれたレオン・フーコーは、科学者になろうなどとはけっして思っていなかった。幼い頃は機械いじりの才能があったが、最初に目指したのは医者だった。
しかし血を見るのに耐えられず、突如として科学者への道に乗り換えた。最初は大学講師の助手として働いていたが、独創性と聡明さを買われて研究者として認められた。
思考を飛躍させる!
フーコーが例の振り子のアイデアを思いついたのは、天文観測装置を組み立てているときのことだった。回転盤の端にしなりやすい鉄の棒を、その回転軸と平行に取り付けていたところ、うっかりその棒を揺らしてしまった。
すると、回転盤を回転させてもその棒が同じ方向に振動しつづけることに気づいた。そこで思考を大きく飛躍させ、地球上で自由振動するどんな物体も地球の自転とは関係なく同じ方向に振動するはずだと考えた。
このアイデアを確かめるのにふさわしい仕掛け、それが振り子だったのだ([1])。
振り子の設置
フーコーはまず、長さ二メートルの針金と重さ五キログラムの真鍮製の球体からなる小さめの振り子を地下室に設置した。そして、振り子が左右にぶれたり楕円を描いたりせずに確実に直線上を振動するよう、錘をひもで横に引っ張って中心位置からずらした。
そのひもを焼き切れば、振り子が自由に振動しはじめるという算段だ。錘の下には床を引っ搔く細い針を取り付けて、振動方向のわずかな変化を観察できるようにした。
すると一分もせずに、振動方向がわずかだがはっきりと西へずれていくことに気づき、地球が東へ自転していることが示された。
振り子を長くすれば振動周期が長くなるので、長い振り子のほうが一回揺れるたびにずれる角度が大きくなる。また錘が重いほうが、空気の流れや吊り下げ具の不備によってその繊細な動きが妨げられる恐れが少ない。
自信を深める
それを踏まえたフーコーは、自宅での最初の実験に続いてパリ天文台に長さ一一メートルの振り子を設置した。すると振り子がたった二往復しただけで、振動方向が左にずれていくのがはっきりと分かった。
自信を深めたフーコーは、パリにあるパンテオンのドームに自身最大となる長さ六五メートルの振り子を設置した。一八五五年には撤去されてしまうものの、この振り子は世界的に知られるようになった。一九九五年には同じ場所にレプリカが設置され、それ以来ずっと揺れつづけている。
世界中で再現実験
フーコーのこの実験は世界中にセンセーションを巻き起こした。揺れている振り子を一目見ようと、パンテオンには大勢の人が集まり、わずか数ヵ月のうちに世界中で再現実験がおこなわれた。
観客は席に座って有名科学者の講演に耳を傾け、振り子の振動方向が変化するさまを自らの目に焼き付けた。一八五六年のある刊行物によると、「世界中に振り子熱が広がって、巨大な振り子は名家に欠かせないものとなった」という([2])。
すでにこの時代には、地球が自転していることはほとんどの人やすべての科学者に受け入れられていた。だから、振り子を眺めていてもちょっとした暇つぶしにしかならなかったように思われるかもしれない。
しかしフーコーの振り子のおかげで、地球の自転を有無を言わさぬ形ではっきりと目にできるようになった。科学者はこの振り子を使って講堂の中で宇宙の運動を再現したのだ。
(本原稿は、グレゴリー・J・グバー著『「ネコひねり問題」を超一流の科学者たちが全力で考えてみた』〈水谷淳訳〉を抜粋・編集したものです)
【参考文献】
[1] Foucault, “Physical Demonstration of the Rotation of the Earth by Means of the Pendulum.”
[2] “Foucault, the Academician.”