岸田政権の侵攻への
対応を支持している

 かつてクリミアでやったことですから、ウクライナの東部2州についてもその危険性は高いのではないかと思っていました。

 戦争・紛争が起こるのには二つの要素があります。一つは、軍事的なバランスが崩れていること。ロシアの軍事力とウクライナの軍事力には大きな差があります。

 もう一つは、お互いの意思や能力を見誤る、あるいは自分を過信することです。今回の場合、ウクライナや米国は当初、ロシアが全面的な武力行使はしないと考えたのだと思います。プーチン氏も、ウクライナがこれだけ激しく抵抗するとは考えていなかった。

――侵攻に対する岸田文雄政権の対応をどう評価していますか。

 ロシアの行動は国際法にも違反していますし、われわれが戦後つくり上げてきた国際秩序に対する深刻な挑戦です。国際社会が結束して、この暴挙を許さないという姿勢で臨まなければいけません。岸田政権は米国と連携し、G7(先進7カ国)でコンセンサスをつくり、しっかり対応している。私は岸田総理の判断を支持しています。

――侵攻を踏まえ、東アジアに含意されることは。

 ウクライナで起こったことが、台湾でも起こるのではという懸念です。共通点は軍事バランスが大きく懸け離れている点も同じです。台湾もウクライナも同盟国がない。しかし同盟国以外には、その国のために戦う国はどこにもない。これが国際社会の現実です。ウクライナに武器の支援はあっても、共に戦う国はありません。

 相手の当事国が国連安全保障理事会の常任理事国であることも共通点です。常任理事国が拒否権を使えば、国連の安保理は機能を果たせない。それが今回明らかになりました。

 日本はまさに当事国であるロシア、中国と国境を接しているのですから、日米同盟を強化する必要があり、強化するためには自助努力を重ねる必要がある。

安倍晋三元首相あべ・しんぞう/元首相、衆議院議員 1954年生まれ。77年成蹊大学法学部政治学科卒業。79年神戸製鋼所入社。93年衆議院議員初当選。2003年自由民主党幹事長。第90代、第96~98代内閣総理大臣。 Photo by Y.A.

――自助努力とは。

 つまり防衛費を増やしていく。自国を守る努力をしない国のために戦う国はありません。

 米国と台湾の間には台湾関係法があります。同法の下では防衛装備品の供与はあっても、防衛義務は明確にされていない。米国はStrategic Ambiguity、戦略的曖昧さという政策を取っているのです。

 台湾が侵攻を受けたら助けるかどうかについて、米国は明確にしていません。米国が武力介入するかもしれないと中国に思わせて抑止し、同時に介入しないかもしれないと台湾の独立派に思わせて暴走を抑止するという戦略です。

 しかしこの曖昧さは今、危険だと私は思います。米国は意思を明確にすべきです。米国が明確に武力介入すると言えば、米国との戦争を避け武力行使はしません。これを今、明確にする必要があると思います。

 具体的には米大統領がそう述べれば明確になります。

――歴史を振り返ると、曖昧さが賢明という局面もあります。中国のトウ小平は尖閣諸島の問題について棚上げする曖昧さを選びました。

 それは間違いです。中国は日中平和友好条約を結ぶ上での障害として、問題を棚上げしたといわれています。しかし日本は一度たりとも棚上げ、曖昧にしたことはありません。

 また米国が戦略的曖昧さを取った時点での中国の軍事力は、今とは比べものにならないほど小さかったという現実もあります。曖昧さでその場をしのげる場合もありますが、後で禍根を残すことの方が多いと思います。

――台湾に対する中国の脅威は実のところ、どの程度高いのでしょうか。

 何パーセントとは言えませんが、中国は台湾を自国の領土だと明言し、統一する意欲も明確にしている。その際、武力による統一も否定していない。

 私は中国が力の信奉者だと考えています。習近平国家主席というよりも、国の姿勢としてそうだと。

 中国は九段線(南シナ海での領有権を主張するため、中国が地図上に独自に設定したU字形の線、南シナ海ほぼ全域を囲む)の内側が全て中国の領海であると、一方的に宣言しました。実際にそこに公船を出して支配を強めています。

 台湾に対しては、防空識別圏に入る軍用機の数を急速に増やし、かつ今までしなかったような台湾を1周する形で飛行させています。これは明確に、力による一方的な現状変更です。

 台湾は日本にとっては大切な友人であり、与那国島から110キロメートルに位置しています。台湾海峡とバシー海峡は日本にとって、チョークポイントとなり得る海峡です。また中国が侵攻する場合、航空優勢を確保するために支配しなければいけない空域は、完全に日本の領空と重なります。日本にとって平和安全法制の重要影響事態になるのは間違いない。

 だからこそ、中国に明確に意思を伝えておく必要がある。

 私は過去に習氏と首脳会談を行った際、尖閣を守る日本の意思を見誤らないようにと何回も伝えました。答えは得られませんでしたが、日本の意思を見誤られてはなりません。

安倍氏が語った、核共有めぐる真意
非核三原則には「コンフリクトある」

――核共有(核シェアリング)の議論に言及しています。 (編集部注:核共有とは米国の核兵器を自国内に配備し共同運用する仕組み。NATOの5カ国で実施されている)

 私が申しているのは「世界の安全がどのように守られてきたか、現実について議論することをタブー視してはならない」ということです。政治家を含め、多くの日本人が核共有についてご存じない。核の議論を巡っては、ドイツを見習えという人がいます。ドイツは核兵器禁止条約の締約国会議にオブザーバー参加しました。核兵器禁止条約は核抑止力を否定しているに近いものです。

 しかしドイツは同時に、国内に米国の核を配備しているのです。実際に使用されるとなれば、核兵器を航空機で運んで投下するのはドイツ軍。そうやってドイツは核抑止力を確保しています。

 核をその国に対して使用すれば、核でもって報復され得るということで抑止力が利く。報復されないかもしれないと思われれば、抑止力は利かなくなる。

 日本は拡大核抑止という形で、米国の核の傘の下にあります。しかしドイツの中に核が配備されているのと、日本国内には配備がなく米国本土にあるものに頼るということでは、抑止力においての違いは大きい。だからNATOの5カ国は国内に米国の核を置く選択をしたのです。

 そして実際に使用する際には、NATOでどうコンセンサスを得るか、手順のシミュレーションと訓練をしています。核に関する技術情報も米国と共有しています。日本は一度も判断のプロセスについて、米国と協議していません。

――核共有と非核三原則の間にはコンフリクトがありませんか。

「持ち込ませず」ということについてコンフリクトがあります。

――首相在任中は、非核三原則の堅持に繰り返し言及してきました。それが今、コンフリクトがあっても議論を始めるべきだと考えるのは、ひとえにウクライナ侵攻があったからですか。

 常にそういう議論をすべきですが、政治的に議論できる状況かどうかなのです。ご承知のように非核三原則の持ち込ませずについても、いろんな解釈があります。しかし政治家として、そういった解釈と国民の命を守ることと、どちらが大切か。何によって安全が守られているかということについて、現実から目をそらしてはならない。

 そして私は「核共有すべきだ」とは言っていません。核共有について説明し、その上で世界の安全がどのように守られているのかということについて議論することを、タブー視してはならないと言っているのです。

 質問するのであれば、正確に私の発言を知ってください。

――核共有を含む「タブーなき議論」に、日本の国民は耐えられるのでしょうか。

 民放の調査では「議論すべきだ」という視聴者が多数でした。なぜNATO加盟を希望する国が欧州に多いのだと思いますか。自国が、核の抑止力も含むものによって守られるからです。そしてウクライナがNATOに入っていたら、ロシアの侵攻はなかったのが現実です。

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