唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント9万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』が発刊された。坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されている。今回は、著者が書き下ろした原稿をお届けする。

【要注意】近年最も多い「食中毒」の原因…「カンピロバクター」の恐ろしさPhoto: Adobe Stock

鶏肉のささみ寿司による食中毒

 愛媛県松山市で、ラーメン店を利用した客19人が食中毒を発症したことが報道された。この店では生に近い鶏肉を提供しており、発症者の便からはカンピロバクターが検出されたという。

 カンピロバクターによる食中毒は、これまでも何度か大きく報道されたことがある。

 例えば2016年には、ゴールデンウィーク中のイベントで販売された鶏肉のささみ寿司により、東京と福岡で計600人を超える大規模なカンピロバクター性集団食中毒が発生した。

「新鮮」を売りにした商品だったが、たとえ「新鮮」でも、最初から細菌が付着していれば食中毒は起こりうる。

生の鶏肉はリスクが高い

 カンピロバクターによる食中毒は特に多く、年間2000人程度に起こっているとされる(1)。細菌性食中毒の中では近年最多である。

 特に生の鶏肉ではリスクが高く、過去の調査によれば、鶏肉の6割前後にカンピロバクターが付着しているとの報告もある(1)。

 厚生労働省はかねてより、

「食鳥処理の技術ではこれらの食中毒菌を100%除去することは困難」
「食中毒予防の観点から、生や十分に加熱されていない鶏肉を食べないよう、食べさせないようにしましょう」

 と呼びかけているが、依然として健康被害は起こり続けている(1)。

 とにかく、生の肉を避ける以外に食中毒を防ぐ方法はないのだ。

ギランバレー症候群とは?

 カンピロバクターに関しては、医学的に興味深い知識がある。それが、ギラン・バレー症候群という神経の病気だ。

 ギラン・バレー症候群とは、手足の神経が麻痺して歩けなくなり、中には呼吸筋が麻痺し、呼吸できなくなることもある病気である。

 多くは自然に回復するが、呼吸不全の状態にある期間は、人工呼吸器で命をつながなければ生きられない。

最も多い原因は…

 ギラン・バレー症候群の原因ははっきり分かっていないものの、実は約70%の患者が、発症前の4週間以内に何らかの感染症にかかった経験を持つ(2)。

 原因となる細菌やウイルスは特定できないことが多いが、特定できたケースで最も多いのはカンピロバクターによる食中毒だ。

 多くの場合、食中毒自体は自然に治るのだが、1000人に1人がギラン・バレー症候群にかかってしまう(3)。

 カンピロバクターの抗原に対して作られた抗体が、私たちの神経にあるよく似た物質に結合し、免疫がこれを敵と見做して攻撃を加えるのだ。細菌を駆除するために作り出したはずの武器が、「自己」と「非自己」を誤認するのである。

外務省による注意喚起

 実は、この種の病気は他にも多くある。いずれにしても「微生物の持つタンパク質に似た構造物が私たちの体内にも存在する」というのは、興味深い事実だ。

 そもそも私たちの肉体は、自然界から生まれたものに他ならない。似た構造物があちこちに存在する方が、むしろ自然だとも言える。

 ちなみに、2019年には、ペルーで200人を超えるギラン・バレー症候群の集団発生が起き、外務省(在ペルー日本国大使館)は注意喚起を行った(4)。ジカウイルス感染症の流行地であったことから、やはりウイルスに対する抗体が原因ではないかと考えられている。

【参考文献】
(1)カンピロバクター食中毒予防について(Q&A)(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000126281.html)
(2)ギラン・バレー症候群 フィッシャー症候群 診療ガイドライン2013』(日本神経学会監修、「ギラン・バレー症候群、フィッシャー症候群診療ガイドライン」作成委員会編、南江堂、二〇一三)
(3)Centers for Disease Control and Prevention「Campylobacter(Campylobacteriosis)」(https://www.cdc.gov/campylobacter/guillain-barre.html)
(4)厚生労働省検疫所FORTH「ペルーにおけるギラン・バレー症候群集団発生にかかる情報」(https://www.forth.go.jp/topics/201906180925.html)

(※本原稿はダイヤモンド・オンラインのための書き下ろしです)