アメリカの安全保障の実務にも精通するグレアム・アリソン・ハーバード大学教授がまとめた、2017年米アマゾンのベストセラー歴史書『米中戦争前夜 新旧大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ』には、米中両国が対立を深めるシナリオを5つ提示している。そのうちの1つとして挙げられている「2.台湾の独立」は今の世界情勢にも示唆を与えてくれるので、紹介しよう。

全面的な核戦争に至る44段階のステップ

 未来学者のハーマン・カーンは1960年代、「危機前の駆け引き」から「全面的な核戦争」までの間には、44段階のステップがあると論じた。第一段階は「表面的な危機」、つまり火花だ。

【グレアム・アリソン著『米中戦争前夜』より】一気にエスカレートして起こる米中の全面戦争 5つのシナリオのうち「2.台湾の独立」グレアム・アリソン(Graham Allison)
政治学者。ハーバード大学教授
同大ケネディ行政大学院初代学長、同大ベルファー科学・国際問題研究所長を務めた。専門は政策決定論、核戦略論。レーガン政権からオバマ政権まで国防長官の顧問を、クリントン政権では国防次官補を務めた。著書には1971年に刊行され今も政策決定論の必読文献である『決定の本質――キューバ・ミサイル危機の分析』(中央公論新社、日経BP社)のほか、『核テロ――今ここにある恐怖のシナリオ』(日本経済新聞社)、『リー・クアンユー、世界を語る』(サンマーク出版)、『米中戦争前夜 新旧大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ』などがある。

 カーンによれば、二つの国がこの階段を1段ずつ上っていくことは、めったにない。環境的な条件と加速要因によっては、数段飛ばすこともあるというのだ。それぞれの国は、各段階で自分の相対的な位置を評価し、もっと上に行ったらどうなるかを計算する。するとある時点で、これ以上階段を上るよりも、膠着や敗北を受け入れたほうがいい、という判断が生じる場合がある。あるいは、現時点ではこちらが有利だが、もっと上の段に行くと相手のほうが有利になる、ということも多い。どちらも自分が優位にあるときに和解したいが、そのためには、もっと上の危険な段に行けば自分のほうが有利になると知っている相手が、それを断念するだけの条件を用意する必要がある。

 ノーベル経済学賞受賞者のトマス・シェリングは、核武装した超大国の戦略的競争をチキンゲームになぞらえた。これは1950年代のアメリカのティーンエイジャーの間ではやったゲームで、一本道の両端からお互いに向かって車を暴走させる度胸比べだ。どちらも左タイヤがセンターラインを踏むように走らなければならない。2台の車が衝突する前に先にハンドルを切ったほうがチキン(臆病者)で、勝ったほうは女の子を手に入れる。どちらもハンドルを切らなければ、ふたりとも死ぬ。

 米中両国は南シナ海の実効支配された島や造成中の島を目指して、船を押しのけ、飛行機を低空飛行させることで、相手にチキンゲームを強いている。そのまま行けば衝突してみずからも致命的な傷を負うかもしれない。衝突を避けることもできるが、それは屈服という代償を伴う。いつも衝突を避けて屈服する国は、その道すなわちシーレーンから押し出されるだろう。このように、本物の戦争になるまでの戦略的な競争は、本質的には度胸比べだ。自分たちのほうが本気であること、危険を恐れないことを示せた国は、敵に責任ある行動をとらせ、屈服させることができる。

※米中衝突に至る5つのシナリオと、そのなかの「シナリオ2:台湾の独立」を詳しく紹介する。

台湾をめぐる動き

◆シナリオ1:海上での偶発的な衝突

◆シナリオ2:台湾の独立
 もし台湾が独立国家だったら、世界一成功した国のひとつになっていただろう。人口2300万人は勤勉で、フィリピンやタイ、ベトナムの2倍の市場経済をもつ。台湾人の多くは独立を求めているが、中国政府は台湾をひとつの省にすぎないと見なし、独立を認めるつもりは絶対にない。そんな台湾の独立を支持するために、中国と戦う気のある国はなかった。

 だが、中国政府が抑圧政策を著しく強化したらどうなるだろう。たとえば1997年にイギリスから返還されたとき、香港は高度な自治と自由の維持を約束された。香港住民は、中国政府が締めつけを強化して「一国二制度」の約束を破ったとして、大規模な抗議デモを組織した。これが長期化すると、中国政府は1989年の天安門事件のときと同じ対応をした。デモの強制排除だ。

 その暴力的な手法は、台湾人の若い世代に特に大きな衝撃を与え、台湾独立の機運や、中国政府に対する憎悪が急激に高まった。すると追い風を感じた台湾の総統が、台湾がこれまで築いてきたものや民主主義を強調する発言をするようになった。さらに、総統の政党ブロックは、台湾が独立した主権国家にならなければ、市民の自由は決して保証されないことが香港の事件によってはっきりした、と訴えた。米大統領は、中国政府の香港への対応を非難するため、台湾総統の姿勢を支持し、1979年に制定された台湾関係法に基づき、アメリカは台湾を中国の侵略から守ると宣言した。

 これは、アメリカが長年とってきた「戦略的に曖昧な政策」からの大きな離脱であり、台湾総統は暗黙の独立支持と受け止めた。そして、ニューヨーク・タイムズ紙とのインタビューで、独立国家として国連に正式加盟を求める意向を示した。「1992年コンセンサス」(中国も台湾も「ひとつの中国」という概念を支持するが、その解釈はそれぞれに任せるという合意)を捨てるというのだ。中国はそんな台湾の反抗に罰を与え、国連加盟申請を取り下げさせるため、かつての台湾海峡危機をパワーアップさせた作戦を展開した。「軍事演習」と称して、台湾海峡に弾道ミサイルや巡行ミサイルを撃ち込み、台湾の命綱である海運を妨害したのだ。それでも台湾が国連加盟申請の取り下げを拒否すると、中国はドローンに機雷を設置させるなど、さらに台湾の海運を妨げた。

 小さな島国の台湾は、食料の70%と天然資源のほとんどを輸入に頼っている。経済封鎖は台湾経済を急激に衰退させ、深刻な食料不足を引き起こした。アメリカは、台湾の国連加盟申請には反対の立場をとっていたが、台湾経済を絞め殺すのは阻止しなければいけないと考えた。米議会の親台派議員は、クリントン大統領が1995~96年にしたように、台湾海峡に空母を派遣するようホワイトハウスに求めた。しかし米政権は、この海域に空母を派遣すれば、中国の対艦弾道ミサイルの攻撃を受ける恐れがあること、そしてアメリカ国内の世論は新たな戦争に反対していることから空母派遣に難色を示した。

 すると米太平洋軍が、台湾の商船を護衛する案を出してきた。これなら戦闘の意思はなく、単なる台湾支持のジェスチャーにとどまる、という算段だ(古代アテネが中立都市ケルキラのためにやったのと同じだ)。しかしこれは、米軍の護衛艦が中国のミサイルの雨によって(意図的であれ偶発的であれ)沈められるリスクがあった。そんなことになれば、一瞬にして多数の米兵が命を落とし、アメリカ国内から報復を求める声が噴出するだろう。はたせるかな、演習の一環として発射された中国の対艦ミサイルが、台湾の商船を護衛中の輸送揚陸艦ジョン・P・マーサを直撃する。約800人の船員と海兵隊員が全員死亡した。イラク戦争1年目の米軍の死者を上回る数だ。

 中国側は、偶発的な事故だ、と主張した。ランダムに発射されたミサイルが落ちた場所に、たまたまマーサが入り込んでしまっただけだ、というのだ。だが、アメリカの国防長官と統合参謀本部議長は信じなかった。そして、太平洋軍にエアシーバトルを命じて、中国本土の対艦ミサイル発射台を攻撃すべきだと大統領に訴えた。

 このシナリオでも、それ以外のケースでも、米兵の死者数がアメリカの政策決定に大きな影響を与えるだろう。イラクやアフガニスタンの泥沼を意識して、大統領が新たな戦争を嫌がる可能性は十分ある。アメリカ国内におけるポピュリズムや孤立主義の高まりを受け、台湾防衛の約束を反故にしたい、と大統領が考える可能性もある。それでも一撃で800人が犠牲になれば、世論でも報復を求める声が高まるだろう。

 マーサ沈没後、米軍上層部とホワイトハウス顧問らの圧力を受け、大統領は中国本土の対艦ミサイルシステムと弾道ミサイルシステムの攻撃を承認した。ところが中国の通常ミサイルは核兵器と同じ場所に保管されているうえに、指揮管理系統もつながっている。このため、中国政府は、アメリカの奇襲攻撃が中国の核能力を奪う試みだと誤解した。

 中国はエスカレートさせることで緊張を縮小しようと(ジョージ・オーウェル的な理論だが実際ロシア軍の戦略の柱になっている)、核弾道ミサイルを沖縄の南沖に向けて発射した。これによる死者はなかったが、事態はあっという間に全面的な核戦争に発展していく。

◆シナリオ3:第三者の挑発

◆シナリオ4:北朝鮮の崩壊

◆シナリオ5:経済戦争から軍事戦争へ

 米中戦争は不可避ではないが、可能性はある。ここに示したシナリオは、中国の破壊的な台頭によって生じたストレスのために、本来なら取るに足らない偶発的な出来事が、大戦争に発展するプロセスを描いている。両国のリーダーは、弱い者いじめを阻止したり、古い条約義務を果たしたり、自国に相応の敬意を払わせたりするための選択において、回避できると思っていた罠に、いつの間にかはまってしまう可能性がある。衛星攻撃兵器やサイバー兵器、さらには名前も未公開のハイテク兵器は、実戦で使うまでその全容は計り知れず、結果の不透明性を高める。現在の流れでは、今後数十年の間に悲惨な米中戦争が起こる可能性は、ただ「ある」というだけでなく、私たちのほとんどが許容できるレベルを大幅に超えた高い確率で存在する。