ボッカッチョの『デカメロン』と「クアトロチェント」

 このような立場から書かれた『デカメロン』という物語集があります。

 作者はダンテの理解者であったイタリアのジョヴァンニ・ボッカッチョ(1313-1375)です。

 ここには神への畏れや敬愛の姿勢は、ほとんど出てきません。

 神にすがるか、神の手を離れるか。

 ペストというすさまじい疫病の流行は、ギリシャやローマの古典の復活とともに、人間に神と人の生き方の関係を考え直させ、ルネサンスの潮流を呼び起こす大きな引き金となりました。

 ルネサンスの中心は15世紀のイタリアでした。

 この1400年代のイタリアを、美術史の世界では「クアトロチェント」と呼び、絵画芸術を中心に大輪の花が開いた時代として重要視しています。

ダ・ヴィンチ、ヴァッラ、フィチーノ、マキアヴェッリ

 では、哲学の世界ではどうだったのでしょうか。

 残念ながら偉大なる哲学者として、その学説が今日まで残っているような人物は登場しませんでした。

 万能の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)は、自然を観察する能力の卓抜さにおいては哲学者であったかもしれませんが、むしろ思索する人であるより、観察し創造する人で、やはり芸術家だったと思います。

 あえて哲学者らしい人を挙げれば、ロレンツォ・ヴァッラ(1407-1457)とマルシリオ・フィチーノ(1433-1499)でしょうか。

 この他に、『君主論』(河島英昭訳、岩波文庫)の著者であるニッコロ・マキアヴェッリ(1469-1527)という注目すべき思想家が生まれています。

 マキアヴェッリは、元来は共和主義者でしたが、小国が分立し、フランスをはじめとする大国の干渉を受けて混迷を深めるイタリアの政治状況を打開するために君主政を唱えたのです。

 その背景には、チェーザレ・ボルジア(1475-1507)という理想の(理想的に見えた)君主の存在がありました。

 レオナルド・ダ・ヴィンチもチェーザレに仕えています。

 次回は、ロレンツォ・ヴァッラについて詳しく見ていきましょう。

『哲学と宗教全史』では、哲学者、宗教家が熱く生きた3000年を、出没年付きカラー人物相関図・系図で紹介しました。

 僕は系図が大好きなので、「対立」「友人」などの人間関係マップも盛り込んでみたのでぜひご覧いただけたらと思います。

(本原稿は、13万部突破のロングセラー、出口治明著『哲学と宗教全史』からの抜粋です)

哲学と宗教全史』には3000年の本物の教養が一冊凝縮されています。ぜひチェックしてみてください。