混沌を極める世界情勢のなかで、将来に不安を感じている人が多いのではないだろうか。世界で起きていることを理解するには、経済を正しく学ぶことが重要だ。とはいえ、経済を学ぶのは難しい印象があるかもしれない。そこでお薦めするのが、2015年のギリシャ財政危機のときに財務大臣を務めたヤニス・バルファキス氏の著書『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』だ。本書は、これからの時代を生きていくために必要な「知識・考え方・価値観」をわかりやすいたとえを織り交ぜて、経済の本質について丁寧にひも解いてくれる。2022年8月放送のNHK『100分de名著 for ティーンズ』も大きな話題となった。本稿では本書の内容から、なぜ市場社会の中で借金が免除されることがあるのかを伝えていく。(構成:長沼良和)
借金が返せなくなったらどうする?
あなたが借金を返済できなくなった場合について考えてみよう。
最初は努力して一生懸命返していくけれど、利子がかさんで返済ができなくなったら最終的にはどうなるだろう?
正解は、この借金はチャラになる。法律用語で言えば「債務免除」が適用される。
複数の金融機関から借りて多重債務になり、莫大になった借金を払えずに「自己破産」した人の話を聞いたことがあるのではないだろうか。
この処置は、「あなたはもう払えないのだから許してあげますよ」という多重債務者に対する温情や倫理的なことのように見えるが、そうではない。もちろん、債務者が借りたお金を踏み倒して良いということでもない。
債務免除は、単なる実務的な処理でしかない。
お金がなくて借金を返済できない人に、いつまでも「金を返せ」と催促し続けても、ないものは払えない。
借金をした側も貸した側も手間と時間が無駄になるだけだから、事務的にご破算にするということだ。
「チャラにする」のは社会にとっても有益なこと
もしあなたが、借金の返済を免除されないままになっていたら、永久に破綻した状態で生きていかなければならなくなる。
再起するために新しい事業を立ち上げることもできないし、当然どこからも借金はできない。
カードも作れないし、家や車をローンで買うこともできなくなってしまう。生活に支障をきたすところまで追い込まれる可能性がある。
「借金をしたら必ず返済しなければならない」と債務者をいつまでも責めていたら、市場社会でのお金の循環は滞り、結局誰も得をしないことになる。
ならば債務者には、ある程度返済したら無罪放免にしてあげて、できるだけ早く再起してもらった方が良い。
その人がふたたび事業を起こしてお金を回すようになれば、社会にとってよほど有益である。
「借りた側」にも「貸した側」にも責任がある
そんなことを言うと、お金を貸した側が黙っていないだろう。
返済不可能な状況になってしまったならば、借りた側に悪い部分があるのは事実だろう。
しかし、貸した側も相手の状況を正確に把握せずに貸付を行っている点で、非があるのは否めない。
債務免除を言い渡される状況に追い込んだのは、債権者自身とも言えるのではないか。
そこで、借金が返済不可能になってしまったことに関しては、債務者にも債権者にもお互いに悪い点があったことを認めることが大切だ。
「すべてを失わない」ためのルール作り
かつて、借金を返済できない人や会社を倒産させた起業家は、投獄された上に財産を身ぐるみはがされたという。
そんな仕打ちを受けてしまうのでは、多額の借金を背負うことになる大規模な事業なんてリスクが高くて誰もやろうとは思わなくなってしまう。
そこで市場社会では、起業家が発電所や鉄道といった大規模な施設を作った後に事業に失敗したとしても、その事業に関わる所有物が没収されるだけで済むような法律が作られた。
これにより、起業家は事業がうまくいかず会社が倒産した場合でも、個人の所有財産までは取られないようになり、リスクの高い大事業にも安心して取り組めるようになった。
19世紀に金融危機や不況を乗り越えられた理由
事実、19世紀に市場社会が金融危機や不況を乗り越えられたのは、事業に関わる部分だけ責任を取れば良いという「有限責任」が適用されたからだ。
事業の部分だけ責任を取れば良いというのは、市場社会を成長させる意味でも重要なことなのである。
借金したらすべて返さなければならないという考えに固執しすぎると、何も生み出さないし、進歩を遅らせてしまう。債務免除や有限責任は、それを防ぐための施策なのである。