ここ数年、「アート思考」という言葉がビジネスシーンでも聞かれるようになった。しかし、それがどういった思考なのか、ピンと来ていない人も多いのではないだろうか。そんな「アート思考」をわかりやすく教えてくれる本がある。末永幸歩氏が書いた『13歳からのアート思考』だ。末永氏は国公立の中学・高校で美術教師を務めており、本書は実際に授業で行っている内容をもとに、わかりやすくアート思考について教えてくれている。本書内で末永氏は、「美術はいま、大人が最優先で学び直すべき教科」と語る。それは一体なぜか。本記事では、本書の内容をもとに、「アート思考とは何か」「なぜ、今それが求められているか」についてご紹介する。(構成:神代裕子)

【“自分なりの答え”が出せる思考法】<br />「一般人」と「芸術家」、頭の使い方の決定的な違いPhoto: Adobe Stock

アート思考は「自分なりの答え」を見つける力

「アート思考」とは、そのものずばり、「アーティストのように考える」思考方法のことを言う。

 アーティストが、作品を生み出す過程でしていることは次の3つだ。

 1. 「自分だけのものの見方」で世界を見つめ、
 2. 「自分なりの答え」を生み出し、
 3. それによって「新たな問い」を生み出す 

 

「アート思考」とは、まさにこうした思考プロセスであり、「自分だけの視点」で物事を見て、「自分なりの答え」をつくりだすための作法です。(P.13)


 「アート思考」とは、「自分なりの答え」をつくり出す力であるというが、なぜその力が今必要とされているのだろうか?

不確実な現代に必要とされる「アート思考」

 誰もが感じていると思うが、ここ15年ほどで世界は大きく姿を変えた。1つはスマートフォンの出現だ。

 スマホの登場により、人々の生活も市場も大きく変化した。それまで当たり前に使われていた多くのサービスが衰退し、すごいスピードで新しい商品やサービスが次々と生まれた。

 次に印象的な変化は、なんといっても新型コロナウイルスの感染拡大だろう。それまで当たり前だった生活が送れなくなり、人々の生活を大きく変え、ビジネス的にも大きく変化せざるを得なくなった。

 つい3年前までこのような世界になるなんて、一体誰が想像しただろうか?

 これらのように、現代はテクノロジーの進化や環境問題など、さまざまな要因から非常に変化が激しく、複雑さが増した。

 将来の予測は困難な状況にあり、「VUCA(ブーカ)時代」と呼ばれている。

「VUCA」とは次の単語の頭文字をとった造語である。

Volatility:変動性
Uncertainty:不確実性
Complexity:複雑性
Ambiguity:曖昧性

 
 移り変わりが激しく、不確定で複雑な時代においては、明確な「正解」を見つけるのは不可能になってしまった。

 正解だと思っていたことも、あっという間に変化してしまうからだ。それらの変化に全て対応していくことなどできはしない。

 では、私たちはどうすればいいのか?

 それは、「正解を見つける力」を身につけるのではなく、「自分なりの答えをつくる能力」を育むことだ。

 そしてそれができるのが「アート思考」なのだ。

アート思考は「探究の根」が重要

「アート思考」について、もう少し詳しく見てみよう。本書では、アート思考を構成する「3つの要素」を「アートという植物」に例えて語っている。

 1つ目は「表現の花」だ。

「アートという植物」は、タンポポのそれとも違う、不思議な形をしています。まず、地表部分には花が咲いています。これはアートの「作品」にあたります。この花の色や形には、規則性や共通項がなく、じつに多様です。(中略)しかし、どの花にも共通しているのは、まるで朝霧に濡れているかのように、生き生きと光り輝いていることです。(P.30)

 
 2つ目は、「興味のタネ」

この植物の根元には、大きな丸いタネがあります。拳ほどの大きさで、7色が入り混じった不思議な色をしています。このタネの中には、「興味」や「好奇心」「疑問」が詰まっています。(P.32)

 
 3つ目は、「興味のタネ」から生えている「探究の根」だ。

この「興味のタネ」からは無数の根が生えています。四方八方に向かって伸びる巨大な根は圧巻です。複雑に絡み合い結合しながら、なんの脈絡もなく広がっているように見えますが、じつのところ、これらは地中で1つにつながっています。(中略)「アートという植物」は、「表現の花」「興味のタネ」「探究の根」の3つからできています。(P.32)

 
 さらに、アートにおいて空間的にも時間的にも大部分を占めるのは、「目に見える『表現の花』ではなく、地表に顔を出さない『探究の根』の部分」なのだと言う。

 私たちが「アート」と捉えている「表現の花」は、「アートという植物」の一部分に過ぎないというのだから驚きだ。

「アート思考」においては、「何をアウトプットしたか」よりも、「興味や好奇心をもとに探っていく行為や思考」の方が重要ということだ。

 どんなにきれいに見える「花」でも、「根」がないとすぐに萎れてしまう。「根」がしっかり張っていてこそ、生き生きとした花を咲かせるのだ。

社会や環境の変化に振り回されないために

 そして、さらに「アートという植物」は、他の人がどんなにユニークな花やきれいな花を咲かせても、まったく気にしない。

「アートという植物」は、地上の流行・批評・環境変化などをまったく気にかけません。それらとは無関係のところで、「地下世界の冒険」に夢中になっています。不思議なことに、なんの脈絡もなく生えていた根たちは、あるときどこかで1つにつながります。それはまるで事前に計画されていたかのようです。そして、根がつながった瞬間、誰も予期していなかったようなタイミングで、突然「表現の花」が開花します。大きさも色も形もさまざまですが、地上にいるどの人がつくった花よりも、堂々と輝いています。(P.35)

 

 「アート」とは一体何か、なんとなく想像はできただろうか?

 大人にとっては、ビジネスに例えてみるとわかりやすいのかもしれない。

 例えば、今求められているニーズに合わせて、サービスや商品(花)を次々とつくっているとする。でも、どんどん社会も環境も変化していくから、すぐにそのニーズは変わってしまう。

 状況によっては、今までつくっていたものと180度違うものが必要になるかもしれない。

 そんな激しい変化に合わせて常に「正解」と言われる商品やサービスを出し続けるのは難しいし、きっと疲弊してしまう。とはいえ、多くの人がこんなやり方をしているのが現実だろう。

 そうではなく、自分の興味や好奇心、疑問に対して思考(根)を深く広く伸ばして、人が求める「正解」ではなく「自分なりの答え」を見つけ出していくことができればどうだろう。

 急に大きな変化に襲われても、そんなものには影響されない、唯一無二のものを生み出せる。または、状況が変化してもまた自分なりのベストを考えることができるに違いない。

 今、求められているのはそんな力なのではないだろうか?

 大事なのは「自分なりの答え」をつくる力を育むこと。明日どんな変化が訪れるかわからない時代だからこそ、今、「アート思考」が必要とされているのだ。