自分自身をさらけ出すことで組織の雰囲気はガラリと変わる
廣瀬 たしかに、『21世紀の教育』を読んでいて、知らぬ間にSELのアプローチをしていたのだと思いました。ラグビーのキャプテンには、いろいろなポジションの人の力を活かしながら、目標に向かっていくというマネジメントが求められます。SELを実感しようと思ったら、ラグビーチームのキャプテンをするとよいかもしれないですね(笑)
下向 「キャプテン」と聞くと、「おれに付いてこい!」と力強くカリスマ性を持ってガンガン引っ張っていくようなイメージを持っていました。それに対して、廣瀬さんは他者に寄り添うことをとても大事にしていますよね。
廣瀬 自分の中でもキャプテン像が少しずつ変容していったんです。日本代表には、自分よりもうまい人がたくさんいる状態で、プレーだけでリーダーシップを発揮することはなかなか難しい。背景が異なるメンバーを一つにしていくためには、試合のプレーだけで引っ張ることには限界がありました。だからこそ、寄り添う仕掛けが大事だと思うようになっていったんです。
下向 廣瀬さんが、寄り添いを重視し、ソーシャル・エモーショナルのスキルを高めていったきっかけはありましたか?
廣瀬 僕がキャプテンになったばかりの頃、チームが全くうまくいかなかったんです。それに対して、僕は「なんで付いてこないんだ!」「ちゃんと言っているだろう!」とずっと周りのせいにしていました。そんなある日、振り返りの話し合いの際に「リーダー不在だったよね」とフィードバックをされたんです。その言葉で、僕の前のキャプテンの時には、チームがすごくよい雰囲気だったことを思い出しました。みんなが苦しんでいた原因は僕にあったんだと気づいたことで、「このままじゃダメだ」と目が覚めました。
そこでまず大事にしたことが、「自分らしさを出していくこと」でした。「キャプテンなのだから完璧にしなければいけない」という思いを捨てて、「自分はこう思っている」「こんなことを大事に思っている」とフェアにどんどん伝え、自分に足りない部分はチームメイトに補ってもらうようにしようと考えたんです。チームメイトを信頼して自分をさらけ出したともいえますね。そうすると、雰囲気がガラリと変わりました。これは自分にとって大きな学びでした。
下向 とっても大事な視点をありがとうございます! ありのままの姿で接することで、オーセンティシティ(真正性)といわれるような信頼性をチームに醸成していったのですね。教育の世界でも、教員が等身大の自分で生徒に接することが、生徒のエモーショナルスキルの伸長につながるといわれています。教員に対して「一人の人としてリスペクトできる」という思いを持っていたり、教員個人の意見が見えてきたりしなければ、生徒は信頼して対話ができません。「この人、とらえどころがないな」と思っている状態では、本当の気持ちを明かせないのです。廣瀬さんの体験は、他メンバーへ「寄り添う」ことに向けた非常に重要な第一歩ですね。
廣瀬 実は僕、「先生」とか「教師」といった呼び方に違和感を覚えているんです。「先に生きる人」や「教える師」というネーミングによって、一層「自分らしさ」を見せにくくなってしまうのではないかと思っているんです。
下向 新しい学習指導要領の中でも、教員の役割は大きく変わっていくことが示されいています。これからの役割として重要なことは、生徒たちの隣を走る伴走者ではないかと思います。生徒たちがおもしろがっていることを一緒に楽しみ、さらにその先に進めるように背中を押したり「こうしたらさらにおもしろいかもしれないよ」とヒントを伝えたりする。一人の人間として生徒たちと対話を重ねることで、こうした役割を果たしやすくなると思います。
廣瀬 その通りですね。ラグビーのチームも同じで、たまたま同じチームになったから会話をしているという関係性ではうまくいきません。「この人と一緒にラグビーをしたいから」「この人のことをもっと知りたいから」会話をするという心もちでなければ、よいチームはできないんです。学校でも同じではないでしょうか。
また、仕事の現場でも同じなのではないかと思います。「偶然同じプロジェクトになったから話す」という状態では、人間関係は築けないし、そうしたチームの中ではワクワクするようなことも起きにくいのではないでしょうか。人間的なつながりを持った仲間と新たなことを企てて、めちゃくちゃおもしろいというのが仕事の醍醐味じゃないですか。そうしたハッピーを起こす人間関係の設計は大事ですよね。
下向 教員組織や会社組織などでも、チームになっていくことは非常に重要だと思います。先生方に話を伺う中で、新たな取り組みをしたくない人もいたり多様な事情を持っている先生がいたりと、一枚岩になることの難しさを耳にします。廣瀬さんは、どのようにそれぞれの特性を持った個々人をチームとしてまとめていったのですか?
廣瀬 ラグビーでいうと、試合に出られないベテラン選手や初めて選抜されて何をどうしたらいいかわからない若手選手などの巻き込みが必要になってきます。全員が試合に出て勝利に貢献したいと思っているけれど、必ずしもその希望が果たされる人ばかりではありませんからね。そうした時は、一緒に大きな目標にフォーカスを当てるようにします。例えば、「みんなを元気にしよう」「憧れの存在になろう」といった目標であれば、どんな立場の人であっても貢献できることはたくさんあるはずです。具体的には、ベテラン選手であれば若手を育てるといったことが役割になるかもしれませんよね。組織の中で自分が貢献できることを見出して、全ての人が自らの居場所を作っていくサポートをすることも、僕の役割だと感じていました。
どんな組織であったとしても、「あなたはどんな人生を歩んでいきたいですか」「どんな人になりたかったんですか」と対話していくことで、大きな目標に辿り着いていくことができるのではないかと思います。リーダーや周囲のメンバーがそうした投げかけをし、サポートできるとよいですね。