大きな社会変化をむかえる中、未来に向けてどのような教育が必要なのかーー。多様なバックグラウンドを持つラグビー日本代表をまとめあげ、現在は人材育成やリーダー養成に力を注ぎ『相談される力』(光文社)を上梓した廣瀬俊朗氏、そして、沖縄を拠点に教育クリエイターとしてSocial Emotional Learning( SEL/社会性と感情の学習)の手法で、全国の学校などを支援し、『21世紀の教育』(ダイヤモンド社)では解説を執筆した下向依梨氏が、教育や学びへの思いを語り合いました。今回は、ジュンク堂書店那覇店で開催された対談の前編をお届けします。(取材・構成 佐藤智)

多様性の魅力を知り、「自分らしさ」を学ぶ

廣瀬俊朗(以下、廣瀬) 僕は5歳からラグビーをしていて、大学卒業後は東芝ブレイブルーパスに入団し、日本代表のキャプテンも経験させてもらいました。長年のラグビーでの学びを活かし、現在はHiRAKU(ヒラク)という会社で、複数の領域に越境しながら「自分らしさ」とは何かを考える機会を創出しています。

 ラグビーには多様な役割を担うポジションがあります、それにあわせてさまざまなキャラクターの選手が求められます。身体が大きい人もいれば小さい人もいる。とても思慮深い人もいれば、何も考えていないような人もいるんです。ぐちゃぐちゃ考えすぎるタイプでは、自分よりはるかに大きい相手に突っ込んでいくことなんてできないですからね。

 すべての人が自身のアイデンティティを認められ、居場所がある。ラガーマンは求められる力が一つではないことを熟知しているので、相手に優しくなれるし、尊重できるようになります。僕はそんなスポーツに育てられた人間なので、多様性の魅力を実感できる機会を生み出していきたいと考えています。そして、さまざな人々の視点に越境することが「自分らしさ」に気づく鍵であるとも思っているんです。

下向依梨(以下、下向) ありがとうございます、私は沖縄を拠点としているroku you(ロクユー)という会社でSEL(ソーシャル・エモーショナル・ラーニング/社会性と感情の学習)を基軸に、学校現場などでそれぞれの人が生まれ持った可能性を磨き続けるお手伝いをしています。

 少しだけSELの解説をすると、「ソーシャル」とは他者と健全な関係を築いていくといった「社会的能力」を指します。「エモーショナル」は、自分が今どのような感情を抱いているのかに気づき、相手の気持ちも慮って付き合っていく力のことです。SELは、いわゆるEQ(こころの知能指数)や非認知能力とも重なる概念といえます。SELは社会的能力と気持ち(情動)に関わる能力を伸ばしていく学びなのです。

 廣瀬さんのお話を聞いていて、「自分を知ることで、他者を尊重できるようになる」という視点はSELの考え方ととても重なっている、と感じました。廣瀬さんは、現在、具体的にどのような活動をなさっているのですか。

下向依梨さん、廣瀬俊朗さん廣瀬俊朗(ひろせ・としあき) 
株式会社HiRAKU 代表取締役
大阪府出身。5歳からラグビーを始める。東芝ブレイブルーパスでプレー。東芝ではキャプテンとして日本一を達成。2007年日本代表選手に選出、28試合に出場。2012ー13の2年間はキャプテンを務める。現役引退後は、MBAを取得。ドラマ「ノーサイド・ゲーム」へ出演。2019年には、株式会社HiRAKUを設立。現在はラグビーの枠を超え、チーム・組織作り・リーダーシップ論についての講演や、スポーツの普及・教育・地方創生などに重点をおいた多岐にわたるプロジェクトに取り組む。全ての人に開けた学びや挑戦を支援する場作りを目指す。

下向依梨(しもむかい・えり)
株式会社roku you代表取締役 一般社団法人日本SEL推進協会代表理事
大阪府出身。慶應義塾大学総合政策学部卒業。在学中に、社会起業家育成のパターン・ランゲージを開発。その後、米国・ペンシルベニア大学教育大学院で発達心理学において修士号を取得。帰国後は東京のオルタナティブスクール(小学校)で勤務。さらに教材会社で働きながら、教育関連の企画など複数のプロジェクトに従事。2018年、教育クリエイターとして独立。2019年に株式会社roku youを設立し、代表取締役に就任。

廣瀬 人材育成の現場に呼んでいただくことが多いのですが、そうした時は、一例ですが「他者の視点に立ったコミュニケーション」について考えるワークショップを行っています。ワークショップの参加者は、ブラインド(目を覆った状態)の相手に、お題として出されたポーズを取ってもらおうと、「右手を挙げて!」「足を絡ませて!」といった指示を出します。しかし、全く思ったようにはできないんです。スイカ割りを思い返してもらうとわかりやすいかもしれません。「もっと右!」「前に3歩!」など指示を出されても、ピンポイントでスイカを割ることは簡単ではありませんよね。こうした体験から、相手の状態を真に理解してコミュニケーションを取る難しさを痛感してもらいます。他者視点を持てるようになると、「今相手はどういった状態か」に思いを馳せて、それを踏まえて「こんな伝え方がよいかもしれない」と考えるようになっていきます。

 加えて、「TEAM FAIR PLAY」と称した活動の一貫で、WheeLogという団体と、車椅子で走行した道をログとして残し、車椅子ユーザーが安心して外出できるようなマップを作っていく取り組みをしています。車椅子ユーザーにとって、外出先の段差や道幅は非常に重要な情報です。しかし、これまではそうした視点で地図が作られることはありませんでした。WheeLogの皆さんとご一緒し、僕自身も車椅子に乗る体験をして、「歩道が斜めになっていて怖いな」といった徒歩では得られない気づきがありました。

廣瀬俊朗さん「TEAM FAIR PLAY」のWheeLogの活動で車椅子体験をする廣瀬さん

 また、一言で「ラグビー」といっても、その中にも多様性があります。現在ラグビーは15人制がメジャーなのですが、7人制もあるんです。さらにパラリンピックで認知度が上がりましたが、車椅子ラグビーやブラインドラグビー(視覚障がい者ラグビー)、デフラグビー(聴覚障がい者ラグビー)などもあります。こうしたラグビー選手間でも相互にプレーを体験し合い、さらにラグビーに触れたことのない多くの人々にも知っていただく活動を行うOne Rugbyという団体も立ち上げています。

 多様性やインクルージョンを学べるように、『ぼくラはばラばラ』という絵本の制作もしています。これは、さまざまな動物が個性を生かして、ボールに見立てた木の実を運んでいくストーリーです。このように、さまざまなアプローチで多様性のおもしろさを実感できる機会を創出しています。