2022年3月9日に『起業家の思考法 「別解力」で圧倒的成果を生む問題発見・解決・実践の技法』を出版した株式会社じげん代表取締役社長の平尾丈氏。25歳で社長、30歳でマザーズ上場、35歳で東証一部へ上場し、創業以来12期連続で増収増益を達成した気鋭の起業家である。
そんな平尾氏と対談するのは、株式会社ナレッジワークCEOの麻野耕司氏。2010年に株式会社リンクアンドモチベーションの最年少執行役員(当時)に着任。2016年には「モチベーションクラウド」を立ち上げ、国内HRTechの牽引役として注目を集めた。2020年、株式会社ナレッジワークを創業。
不確実性が高く、前例や正攻法に頼れない時代。そのなかで圧倒的な成果を出しているおふたりに「起業家の思考法」について語っていただいた。
連載第1回は、おふたりの出会いのエピソードから始まり、大企業で結果を出したあとに起業した麻野氏の来歴について話が広がった。
(構成 新田匡央 写真 株式会社じげん・津田咲)
人が見ていないところで圧倒的な努力をしているか
――麻野さんと平尾さんの出会いに関するエピソードからお聞かせいただけますか。
麻野耕司(以下、麻野):いつからでしょうかね……。
おそらく、2010年ごろでしたかね。そのときはリンクアンドモチベーションで私が執行役員になったばかりで、何かのサービスをご紹介するというアポイントをいただいたのが最初で。
平尾丈(以下、平尾):1979年生まれの先輩にご紹介いただいたような気がします。
――初対面の印象で覚えていることはありますか
麻野:私はめちゃくちゃ覚えていますよ。強烈なインパクトというか。覇気がすごい。
そのときは、新卒の学生を紹介するサービスの話をしたと記憶しているのですが、平尾さんが勢い込んでこう言われたのです。
「うちの会社に紹介しなくて、逆にどこに紹介するんですか」
平尾:すみません(笑)。
麻野:その自信と覇気はすごいものがありましたね。
でも、私がもっとも印象に残っているのは、そのことではありません。あるカンファレンスの帰りに、たまたま飛行機の席が隣だったのです。
ふと平尾さんを見ると、A4の分厚い資料を開いている。そこには、虫眼鏡で見ないとわからないほど細かい数字がびっしりと書いてありました。
それを、1枚1枚食い入るように見て、ひとつひとつチェックし、コメントを入れているのです。私が言うのもおこがましいですが、この人は本物だ、この人はすごいと思ったのです。
最初に会ったときに感じた覇気は、これだけやっているという「本気」から来ているのだろうと思って、めちゃくちゃ尊敬しています。
私は本当にリスペクトしているんです。
平尾:ありがとうございます。
会社のなかで出世しながらも、起業を選んだ理由
平尾:麻野さんが最年少役員だったリンクアンドモチベーションは、最近でこそ大企業ですが、私が知っているのはベンチャー企業としてのリンクアンドモチベーションです。
2000年に起業した元リクルートの小笹芳央さんが、前線で一騎当千の活躍をされていた時代が、ちょうど私がリクルートに入社したころでした。
リンクアンドモチベーションは、レベルが高い人しか入れない。当時はそう言われていて、プレゼンテーションなど抜群の方が多くいらっしゃるイメージでした。
リクルートに入社した2005年、私はリクルートの総合企画室という部署で、年間1人で何億も売るトップセールスの方に営業同行させていただいていました。そのとき、リンクアンドモチベーションと合同で人材ソリューションを売るプロジェクトを行っていて、その現場に同席したことがありました。
そこで、リンクアンドモチベーションの方のプレゼンを見たのです。顧客に対する刺さり具合のレベルが数段上だった。「この会社に入社したかった」と思えるほど、レベルが高かったのです。
麻野さんが入社された当時、選ばれし者が入れる会社でしたよね。同期は何人ぐらいいらっしゃったのですか。
麻野:15人でしたね。
平尾:厳選された中からさらに厳選された人材で、最後に小笹さん(編集部注:リンクアンドモチベーションを設立した代表取締役会長の小笹芳央氏)がコミットされる。そこから上に上がっていくのも大変な会社で、それを麻野さんは最年少で駆け上がっていかれた。どうして社長にならなかったのですか(笑)。
私は大企業で成長した方の中から起業家が登場してくるのも好きですが、逆に起業家が大企業でどこまで通じるのかというのも大きなテーマだと思っています。
そういうロールモデルもあったらいいと思う一方で、それぐらい大企業で出世されていった方が優秀であることは、もう証明されています。
だから、麻野さんは絶対に成功すると思っています。次期社長候補のポジションを捨てて起業するんですよ。ついに日本もここまで来ましたね。
いろいろ聞かれているとは思いますが、最後はどのポイントで退職、起業を決められたのですか。
麻野:最後は少し方向性の違いがありました。どちらが良い・悪い、正しい・間違っているということではなく、単なる違いだと思っています。
リンクアンドモチベーションはコンサルティング会社として創業し、途中でクラウド事業を立ち上げました。そこで、コンサルティング企業として経営していくのか、テクノロジー企業として経営していくのか、ふたつの路線が生まれます。
そう考えたときに、私はテクノロジーで勝負したかった。でも会社は、コンサルタント企業という自負があった。そこで、私が会社を出てテクノロジーを正面から掲げて勝負するほうがいいという結論に至ったわけです。
株式会社ナレッジワークCEO
1979年兵庫県生まれ。2003年慶應義塾大学法学部卒業。同年株式会社リンクアンドモチベーション入社。2010年、中小ベンチャー企業向け組織人事コンサルティング部門の執行役員に当時最年少で着任。気鋭のコンサルタントとして名だたる成長企業の組織変革を手掛ける。2016年国内初の組織改善クラウド「モチベーションクラウド」を立ち上げ、国内HRTechの牽引役として注目を集める。2018年同社取締役に着任。2020年株式会社ナレッジワーク創業。「みんなが売れる営業になる」をコンセプトに、セールスイネーブルメントクラウド「ナレッジワーク」を立ち上げ。営業ナレッジの展開や営業ラーニングの提供を通じた営業活動の効率化や営業成果の向上を支援している。著書に『すべての組織は変えられる〜好調な企業はなぜ「ヒト」投資するのか〜』(PHP研究所)、『THE TEAM 5つの法則』(幻冬舎)、『NEW SALES 新時代の営業に必要な7つの原則』(ダイヤモンド社)、などがある。
平尾:もったいないですね。リンクアンドモチベーションからすると、麻野さんは最高のエクイティストーリーをつくった人ですからね。
師匠に学んだ「優れたやり方」
平尾:実際、どのくらい時価総額を上げたのですか。たしか、1000億円は超えていましたよね。
麻野:私だけではなく、多くのメンバーの力によってではありますが、最も時価総額が上がったタイミングは1800億円まで上がりました。
平尾:そのうちの6割から7割は、麻野さんが立ち上げたモチベーションクラウドの貢献ではないでしょうか。ところで、小笹さんとはどれほど年齢差があるのですか。
麻野:20歳ぐらいですね。
平尾:だとしたら、麻野さんが引き継げば世代交代もできる。そういった方は、他の会社にはなかなかいないと思います。
コンサルティングもできて、テクノロジーも理解できる人が、新しい種を植えてくれる。
――このベン図で言うと、「優れたやり方」は完璧にできた方ですよね。
平尾:そこはすごく気になっている点です。麻野さんは、小笹さんの一子相伝の系譜を継承した人です。いや、本当に。
小笹さんは、日本の名だたる経営者たちがスタンディングオベーションをしてしまうほどプレゼンテーションスキルが高く、トークがうまい。
私は何度も聞きましたが、いつの間にか引き込まれてしまうのです。麻野さんもその能力を吸収され、オリジナルに昇華されていると思います。
おふたりの共通項は、トークスキルやフレーミングの仕方、時間と空間の考え方だと思います。それはこの『NEW SALES 新時代の営業に必要な7つの法則』(ダイヤモンド社)にも出てきますが、基本は小笹さんの「優れたやり方」ですよね。
でも、私が見る限り、麻野さんの「自分らしいやり方」に移行していきながら、世の中の流れや起業家のお仲間たちとの交流などを経て、変化しているのではないかと思っているのです。
麻野:リンクアンドモチベーションでは、創業者である小笹さんの直属の部下の期間が長かったので、小笹さんから受けた影響は確かに大きいですね。それが「優れたやり方」なのかもしれません。
端的に言うと、フレームワークをつくる力です。私の前職は、簡潔に言うと人のモチベーションを上げるビジネスです。モチベーション上げるビジネスなんて、めちゃくちゃ難しくないですか(笑)。
モチベーションを上げるために、企業に数千万円もの投資をしようと決意させるのです。
そのために、モチベーションを上げるというひとつのテーマをメッセージにして、フレームワークに落とし、メソッドに落として最終的に投資を決意させる。
このようなフレームワークをつくる力に関して、小笹さんは天下一品だと思っています。そしてそれは、私もある程度学ぶことができたと思います。
私が今、ビジネスにしようとしているテーマは「イネーブルメント」です。モチベーションと並ぶほど意味がわからないですよね(笑)。
こんな意味不明なことを理解してもらうには、相当論理的・体系的に説明しなければなりません。
私は、モチベーションやイネーブルメントのような、意味がつかみにくいビジネスのほうが自分に合っていると思います。
それは、小笹さんに教えていただいたフレームワークをつくる力が生きるからです。
一見するとビジネスになるかどうかわからないものを、BtoB向けにフレームワークをつくってビジネスチャンスにする。それが小笹さんから学んだ「優れたやり方」なのかもしれません。
平尾:なるほど。
麻野:今、振り返って思いますが、どんなサービスでもリンクアンドモチベーションのコンサルティングを売るより簡単だと言っても過言ではないと思っています。
数千万円もするモチベーションを上げるためのコンサルティングを売るのはかなり難しいので、フレームワークをつくる力、論理構築力、営業提案力は鍛えられたと思いますよ。
平尾:それがイネーブルメントにつながる。それが麻野さんらしさですね。
(第2回へ)
株式会社じげん代表取締役社長執行役員 CEO
1982年生まれ。2005年慶應義塾大学環境情報学部卒業。東京都中小企業振興公社主催、学生起業家選手権で優秀賞受賞。大学在学中に2社を創業し、1社を経営したまま、2005年リクルート入社。新人として参加した新規事業コンテストNew RINGで複数入賞。インターネットマーケティング局にて、New Value Creationを受賞。
2006年じげんの前身となる企業を設立し、23歳で取締役となる。25歳で代表取締役社長に就任、27歳でMBOを経て独立。2013年30歳で東証マザーズ上場、2018年には35歳で東証一部へ市場変更。創業以来、12期連続で増収増益を達成。2021年3月期の連結売上高は125億円、従業員数は700名を超える。
2011年孫正義後継者選定プログラム:ソフトバンクアカデミア外部1期生に抜擢。2011年より9年連続で「日本テクノロジーFast50」にランキング(国内最多)。2012年より8年連続で日本における「働きがいのある会社」(Great Place to Work Institute Japan)にランキング。2013年「EY Entrepreneur Of the Year 2013 Japan」チャレンジングスピリット部門大賞受賞。2014年AERA「日本を突破する100人」に選出。2018年より2年連続で「Forbes Asia's 200 Best Under A Billion」に選出。
単著として『起業家の思考法 「別解力」で圧倒的成果を生む問題発見・解決・実践の技法』が初の著書。