受験を決めて進学塾に入ってから子どもの暴言・暴力が増えてしまった、というケースは少なくない。そんなとき親は、何を考え、どうすればいいのだろうか?
徹底した少人数制授業で「対話」を重視し、「詰め込まない・追い込まない学び」で多くの塾生を志望校に進学させてきた「知窓学舎」の塾長・矢萩邦彦氏の新刊『子どもが「学びたくなる」育て方』から、実例をもとにお伝えする。(構成/編集部・今野良介)

「何年生から受験勉強させるのがいいのでしょうか?」

これは、中学受験を考える保護者からよく質問されることです。

「遅くとも小学校3年生から入塾しなければ志望校には合格できない」と、中学受験業界ではいつからかまことしやかにそう喧伝されるようになりました。

中学受験の激戦区である東京都内や横浜では「3年生で入塾するときに空きがないと困るから、2年生や1年生で塾へ入れる」ということさえあたりまえになりつつあります。

しかし、私自身の経験からも、教育業界の仲間の話からも、子どもが本当に受験を意識して緊張感を持ち始めるのは6年生の12月ぐらいです。

つまり、多くの子どもにとってリアリティを持って想像できるのは、2ヵ月くらい先までがやっとだということです。

それなのに、子どもたちが低学年からでも受験勉強に向かうのはなぜか。

それは、リアリティがないのに、親の力で頑張らせることができてしまうからです。

子どもが主体的でなかったとしても、成績が上がれば、保護者は「塾に通わせた意味があった」「受験勉強を始めてよかった」と思いがちです。実のところ子ども本人はピンと来ていないし、受験勉強の意味も価値もわかっていないことが多いにもかかわらずです。

また、進学塾に入ってから暴言・暴力が増えるケースをよく耳にしますが、これはたいてい本人の気持ちに反して勉強をさせられるからです。

「やらされる受験勉強」がどれだけ子どもにストレスをかけるか?「やらされる」のは、心身ともに疲弊する。 Photo: Adobe Stock

中学受験を見据えてある進学塾に入った途端、家庭内での暴力が始まった子がいました。弟に暴力をふるい、ケガをさせてしまったのです。親御さんも手が付けられない状況になったという相談を受け、私の塾へ入塾してもらい、対話をはじめました。

数ヵ月後、彼の暴力は止んだと報告を受けました。もし、彼の暴力の原因が塾にあったのであれば、テストを繰り返して評価され、詰め込みや競争を続ける生活へのストレスが大きかったであろうことは想像に難くありません。

もちろん、具体的な目標があってそのやり方を受け入れている場合や、そういう学習スタイルが好きなのならば問題ないですが、主体的になれなければ心身は疲弊します。大人なら自己責任で辞めることもできますが、子どもは辞めさせてもらうこともできず、無理をし続けることで人格形成にマイナスの影響が出ることも考えられます。

「うちの子、やる気がないんですがどうしたらよいでしょうか」という質問も多いですが、「そもそもなぜ本人にやる気がないことをやらせているのか?」「本当にそれは正しいのか?」ということにこそ疑問を持ってほしいのです。

私が生徒たちに伝えたいことは、興味を持ったことを主体的に学ぶことでさまざまな知識や能力を獲得して成長していくという、豊かな学びの世界観です。

「いつから受験勉強をさせるのがいいか?」という質問への答えは「子どもが勉強に対して主体的になったときから」です。

もちろん、小学生のうちにタイミングが来なければ、中学生になってから高校受験や他の選択肢を考えればいい。

その時期を見極められるのは、他でもなく、子どものそばにいるお母さんお父さんではないでしょうか。(了)

矢萩邦彦(やはぎ・くにひこ)
「知窓学舎」塾長、実践教育ジャーナリスト、多摩大学大学院客員教授、株式会社スタディオアフタモード代表取締役CEO
一児の父。親の強い希望で中学受験をしたものの学校の価値観と合わず不登校になり、学歴主義の教育に強い疑問を抱えて育つ。1995年、阪神・淡路大震災の翌日に死者数で賭け事をしている同級生を見てショックを受け、教育者の道を歩み始める。大手予備校で中学受験の講師として10年以上勤め、2014年「すべての学習に教養と哲学を」をコンセプトに「探究×受験」を実践する統合型学習塾「知窓学舎」を創設。教師と生徒が対話する授業、詰め込まない・追い込まない学びにこだわり、「探究型学習」の先駆者として2万人を超える生徒を直接指導してきた。
受験を通して「学ぶ楽しさ」を発見することを目指して、子どもが主体的に学ぶ姿勢をとことんサポート。ライブパフォーマンスのように即興で流れを編集するユニークな授業は生徒だけでなく親も魅了する。多くの受験生を志望校進学に導き、保護者からの信頼も厚い。新しい教育を実践しようとする教師・学校からの相談も殺到し、多数の教育現場で出張授業、研修、監修顧問、アドバイザーなどを兼務。生徒たちに偏差値や学歴にとらわれない世界の見方を伝えるため、自身の学歴を非公開としている。
「子どもと社会をつなぐことのできる教育者」を理想として幅広く活動。住まいづくりや旅づくりの研究と監修、シンガーソングライター、カメラマンなどアートの領域から、ロンドンパラリンピック、ソチパラリンピックにジャーナリストとして公式派遣されるなど、一つの専門分野では得にくい視点と技術の越境統合を探究。独自の活動スタイルについて編集工学の提唱者・松岡正剛氏より「アルスコンビネーター」の称号を受ける。「Yahoo!ニュース」個人オーサー・公式コメンテーター。LEGO® SERIOUS PLAY®メソッドと教材活用トレーニング修了認定ファシリテーター。キャリアコンサルティング技能士(2級)。Learnnet Edge『自由への教養』探究ナビゲーター・カリキュラムマネージャー。常翔学園中学校・高等学校 STEAM特任講師。聖学院中学校・高等学校 学習プログラムデザイナー。文部科学省「マイスター・ハイスクール」伴走支援事業スーパーバイザー。2022年10月、初の単著『子どもが「学びたくなる」育て方』を上梓。