「うちの子は中学受験に向いているのか?」周囲の家庭が受験熱を帯びてきた時、そう悩むお父さんお母さんは少なくないでしょう。徹底した少人数制授業で「対話」を重視し、「詰め込まない・追い込まない学び」「学ぶ楽しさを見つけるための受験勉強」で多くの塾生を志望校に進学させてきた「知窓学舎」にも、同じ質問が多数寄せられるといいます。塾長・矢萩邦彦氏の新刊『子どもが「学びたくなる」育て方』から、その「判断基準」の1つをお伝えします。(構成/編集部・今野良介)

保護者からの質問

「うちの子は中学受験に向いていますか?」

保護者からそう質問されるとき、私は「向いていない子」はいないけれど「向いていない家庭」はある、と答えます。

向いていないのは、中学受験のプロセスを塾や学校に丸投げしている家庭です。

「中学受験とは親の受験である」と言われることがありますが、一面では的を射ています。

『子どもが「学びたくなる」育て方』という本の中で詳しく述べていますが、脳の一般的な発達を考慮すれば、小学生が中高6年間をはっきりイメージして中学入試をすると決めたり、志望校の選択をするのは難しいことです。

中学受験をするかしないかは、ほぼ100%親の意向で決まると言っていいでしょう。

中学受験に「向いてない家庭」の特徴「向いてない子」はいないが「向いてない家庭」がある。 Photo: Adobe Stock

大切なのは「一緒に成長する」という意識

勉強への取り組み方や、志望校を決めるプロセスに子どもが主体的に関われるような親からの上手なナビゲートがあれば、中学受験は理想的な「教材」になりえます。

「仕事が忙しくて子どもの勉強をみてやれないから」という理由で託児所代わりに子どもを塾に預けているようなご家庭には中学受験はおすすめできませんし、挑戦する意味もないように思います。

探究型の教育へ移行しつつある今のタイミングで中学受験にチャレンジする価値は、中学受験を通して、親も子どもと一緒に新しい価値観を学びアップデートできることではないかと私は考えています。そのためには、今の時代に合わせた親のマインドチェンジが必要です。

そのマインドチェンジとはいかなるものか、少しご説明します。

「予測不可能な時代」の学力とは

まず考えていただきたいのは、子どもの「学力」とは何を指すかということです。

・テストの点数を上げたい。なぜなら、受験に役立つから
・受験していい学校に入りたい。なぜなら、いい企業に就職できそうだから
・いい企業に入りたい、なぜなら、安定して幸せに生きていけるから

もし、そうした抽象的な未来への不安を解消するために保険をかけるような「逆算的な意識」があるならば、「それは古い考え方かもしれない」と疑ってみてください。

現代は、常に変動し、不確実で複雑で曖昧な予測が難しい社会状況(VUCA)などと言われ、コロナ禍でその状態は加速しています。従来のやり方では現代社会を生き抜くのは困難だという危機感から、日本の教育は探究学習へとベクトルを向け直しつつあります。

これはつまり、テストで点を採る「学力」から、どんな状況においても自ら「学ぶ力」へ価値観がシフトしてきたということです。

変化が激しく先を見通せないからこそ、子どもの将来について何かしらの安心を得たいと考える保護者が多いのもわかります。しかし、これまでの価値観の中に留まっていれば安心が保障されるわけでは決してありません。

そして、そうした逆算思考では誰も幸せになれないということもポイントだと思います。

逆算思考とは「いつかの未来のために今を犠牲にする」考え方だと言い換えることもできるからです。

中学受験のために子どもの小学校6年間の楽しみを犠牲にすべきと考えるのは、たとえば、親自身がマイホームを買うため、子どもにいい教育を受けさせるためと、今を楽しむことを犠牲にして頑張ってきたことが影響しているのかもしれません。

しかし、その結果として、日本の社会には笑顔がなくなり、エネルギーがなくなったとも言われます。引きずられるように会社へ向かう大人の姿も多くなり、ついイライラを子どもたちにぶつけてしまえば、親子関係も悪くなる一方です。

中学受験を選択するというのは、親自身の価値観を問いなおすことでもあるのです。(了)

矢萩邦彦(やはぎ・くにひこ)
「知窓学舎」塾長、実践教育ジャーナリスト、多摩大学大学院客員教授、株式会社スタディオアフタモード代表取締役CEO
一児の父。親の強い希望で中学受験をしたものの学校の価値観と合わず不登校になり、学歴主義の教育に強い疑問を抱えて育つ。1995年、阪神・淡路大震災の翌日に死者数で賭け事をしている同級生を見てショックを受け、教育者の道を歩み始める。大手予備校で中学受験の講師として10年以上勤め、2014年「すべての学習に教養と哲学を」をコンセプトに「探究×受験」を実践する統合型学習塾「知窓学舎」を創設。教師と生徒が対話する授業、詰め込まない・追い込まない学びにこだわり、「探究型学習」の先駆者として2万人を超える生徒を直接指導してきた。
受験を通して「学ぶ楽しさ」を発見することを目指して、子どもが主体的に学ぶ姿勢をとことんサポート。ライブパフォーマンスのように即興で流れを編集するユニークな授業は生徒だけでなく親も魅了する。多くの受験生を志望校進学に導き、保護者からの信頼も厚い。新しい教育を実践しようとする教師・学校からの相談も殺到し、多数の教育現場で出張授業、研修、監修顧問、アドバイザーなどを兼務。生徒たちに偏差値や学歴にとらわれない世界の見方を伝えるため、自身の学歴を非公開としている。
「子どもと社会をつなぐことのできる教育者」を理想として幅広く活動。住まいづくりや旅づくりの研究と監修、シンガーソングライター、カメラマンなどアートの領域から、ロンドンパラリンピック、ソチパラリンピックにジャーナリストとして公式派遣されるなど、一つの専門分野では得にくい視点と技術の越境統合を探究。独自の活動スタイルについて編集工学の提唱者・松岡正剛氏より「アルスコンビネーター」の称号を受ける。「Yahoo!ニュース」個人オーサー・公式コメンテーター。LEGO® SERIOUS PLAY®メソッドと教材活用トレーニング修了認定ファシリテーター。キャリアコンサルティング技能士(2級)。Learnnet Edge『自由への教養』探究ナビゲーター・カリキュラムマネージャー。常翔学園中学校・高等学校 STEAM特任講師。聖学院中学校・高等学校 学習プログラムデザイナー。文部科学省「マイスター・ハイスクール」伴走支援事業スーパーバイザー。2022年10月、初の単著『子どもが「学びたくなる」育て方』を上梓。