全世界で700万人に読まれたロングセラーシリーズの『アメリカの中学生が学んでいる 14歳からの世界史』(ワークマンパブリッシング著/千葉敏生訳)がダイヤモンド社から翻訳出版され、好評を博している。本村凌二氏(東京大学名誉教授)からも「人間が経験できるのはせいぜい100年ぐらい。でも、人類の文明史には5000年の経験がつまっている。わかりやすい世界史の学習は、読者の幸運である」と絶賛されている。その人気の理由は、カラフルで可愛いイラストで世界史の流れがつかめること。それに加えて、世界史のキーパーソンがきちんと押さえられていることも、大きな特徴となる。
今回は古代エジプトの女王クレオパトラを取り上げる。古代ローマの独裁者・カエサルを魅了したことでも知られるクレオパトラにまつわる有名な名言には意外な事実があった。著述家・偉人研究家の真山知幸氏に寄稿していただいた。

エジプトの女王クレオパトラにまつわる超有名な名言の“意外な真実”とは?Photo: Adobe Stock

ローマの英雄を虜にしたエジプト最後の女王

 クレオパトラは、プトレマイオス王朝の最後の女王にして、古代エジプトの最後の女王となりました。

 迫りくるローマ軍の侵略に対して、クレオパトラはその美貌を武器に、ガイウス・ユリウス・カエサルやマルクス・アントニウスという、ローマ軍を率いる2人の男を虜にしたことで知られています。

誤解された名言の真相

「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら歴史は変わっていただろう」

 17世紀フランスの哲学者ブレーズ・パスカルが著作『パンセ』で書いた、この言葉は聞いたことがあるはず。

 クレオパトラの美しさを表すものとしてあまりにも有名ですが、原文を忠実に訳すると、クレオパトラの鼻を表現する“court”は「短い」という意味で「低い」という意味合いはありません。

『パンセ』(前田陽一、由木康訳、中公文庫)では、第2章の162項目において、次のように正確に訳されています。

「クレオパトラの鼻。それがもっと短かったなら、大地の全表面は変わっていただろう」

 つまり、クレオパトラの美しさとは関係なく、「些細なことで世界は変わる」が、パンセの本意だったようです。

 パスカルが生きた17世紀のヨーロッパは、常にどこかで戦争が勃発しているような時代でした。

 地方の領主権力が衰え、確固たる支配層が存在しない極めて不安定な情勢のなか、些細な事実によって歴史が作られることを、パスカルは身を持って感じたのでしょう。

クレオパトラの魅力

 プルタルコスも歴史書『英雄伝』で、クレオパトラについて、こう書いています。

「彼女の美もそれ自体では決して比類ないというものでなく、見る人々を深くとらえるというほどのものではなかった」

 容姿の好みは人に押しつけるものではありませんが、少なくとも万人が認める「絶世の美女」ではなかったようです。

 クレオパトラが絶世の美女ではないとしたら、ローマの2人の権力者はどこに魅了されたのでしょうか。

 プルタルコスはこう続けています。

「しかし彼女との交際は逃れようのない魅力があり、また彼女の容姿が会話の際の説得力と同時に同席の人々のまわりに何かふりかけられる性格とを伴って、針のようなものをもたらした」

 観る者の心に突き刺さる――。クレオパトラには、強烈な印象があったようです。

 その醸し出すオーラは、エジプト女王としての豊かな富と無関係ではありませんでした。