ラテン語こそ世界最高の教養である――。東アジアで初めてロタ・ロマーナ(バチカン裁判所)の弁護士になったハン・ドンイル氏による「ラテン語の授業」が注目を集めている。同氏による世界的ベストセラー『教養としての「ラテン語の授業」――古代ローマに学ぶリベラルアーツの源流』(ハン・ドンイル著、本村凌二監訳、岡崎暢子訳)は、ラテン語という古い言葉を通して、歴史、哲学、宗教、文化、芸術、経済のルーツを解き明かしている。韓国では100刷を超えるロングセラーとなっており、「世界を見る視野が広くなった」「思考がより深くなった」「生きる勇気が湧いてきた」と絶賛の声が集まっている。本稿では、本書より内容の一部を特別に公開する。

「遊ぶ人ほど仕事ができる」と言い切れる、合理的な理由とは?Photo: Adobe Stock

「仕事・勉強」と「遊び」の意外な関係

 多くの人は勉強するとき、自分が持てる時間を最大限勉強に充てようとするでしょう。しかし私の経験上、すべてを勉強に費やすなどといった計画は不可能だと先に申し上げておきます。

 勉強は高い集中力が要求されます。これは考えようによっては、頭が受けつけたくないと無意識に思っていることを頭の中にぎゅっと押し込む強制労働でもあります。そんなことを1日10時間以上すれば、体も疲れるし効率もよくありません。

 勉強とは、限られた時間内で最大限の集中力を発揮してこそ、最高の効果を得られるものです。頭と体はすでにたくさんのことを受け入れる過程で、相当なストレスを受けています。そこで必要なのが遊びであり、休憩です。

 疲れ切った頭と体を解き放つには、休憩が欠かせません。休憩のとり方は人それぞれにぴったりの方法があるはずです。

 毎日1時間散策するのがよかったり、映画やマンガを見ることでリラックスできたりもします。ゲームだってやりすぎなければ、よい気分転換になるでしょう。運動は特におすすめしたいです。

人生という長期レースを走り切るために

 仕事も勉強も体力がなければ長時間耐えることができないからです。時には集中しすぎるあまり、休憩を忘れてしまうこともあります。休む時間さえももったいないと感じてしまうのです。

 こういう人のことを「ワーカホリック」と言うのでしょうね? だとしたら意識的に、勉強から、仕事から、自らを遠ざけ、遊びの時間を持つべきです。

 これは人生という長期レースに臨むために必須の姿勢です。

 みなさんも、一度くらいは考えてみたほうがいいでしょう。1日にどのくらいの休憩を取っているのか、その方法はみなさんにとって本当に安らげているのかどうかをです。

(本原稿は、ハン・ドンイル著『教養としての「ラテン語の授業」――古代ローマに学ぶリベラルアーツの源流』を編集・抜粋したものです)