プライドがやたら高い。人と自分を比べてばかりいる。今、この人とはどちらがマウントをとっているか、と、すごく敏感になります。

 他者からの承認と、自分からの承認(=プライド)にがんじがらめになっている。

 いつもそれに振り回されていて、承認ワールドで生きている人は、中身は空っぽ。だから、時々空虚感におそわれます。しかし、承認を追い求めて走っているうちは、その空虚に気づかずにすむ。人の心を空っぽにし、その空虚を覆い隠すのが承認ワールドなんです。

「承認ワールド」=「承認が軸の世界」で生きている人は、その世界こそがリアリティ、承認だけが人生の軸だと思っています。

 こういう軸から自由になった人からすると、それはどうでもいい世界なんです。人から認められようが認められまいが、そんなことは関係ない。使命天命に生きている。人生の喜びを喜びとして感じている。そういうピュアな喜びに満ち溢れている世界がこの世にはあります。

 その世界に行こうとするのを妨げるのが承認欲求なんです。

他人の目に怯えず自由な自分へ、自己改造をはじめよう

 世の中の8割は、「承認欲求で生きている人たち」です。この人たちには絶えず怯えがある。なので、たとえ今、成功していても、「いつか飽きられたらどうしよう」「見放され、見捨てられたらどうしよう」と、不安がつきまといます。

 残り2割の人は、そうした自分の不安定さ、もろさ、はかなさに気づいて、今の自分と決別しようとします。自分と他人を比べるのは愚かなことだ、世間や他者のまなざしばかり気にするのは愚かなことだと気づいて、そんな自分に別れを告げるのです。

 自分自身に修行を課して、「世間という夢」「承認という夢」から覚醒しようとします。

 つまり、次の3つです。

1「承認の条件」(「世間からの承認」が得られると、自分には価値があるという条件)で生きるのは愚かなことだと気づく。

2「自分と他人を比べる」のは愚かなことだと気づく。

3絶えず「周りの目」ばかり気にして生きるのは愚かなことだと気づく。