唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント10万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』が発刊された。坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されたその内容の一部をお届けします。
内視鏡にまつわる誤解
「内視鏡」というと、まず胃カメラや大腸カメラを思い浮かべる人も多いのではないだろうか?
これらももちろん「内視鏡」の一つだが、胃カメラや大腸カメラで覗くのは消化管の中、すなわち、食道や胃、大腸の内腔である。
一方、腹腔鏡や胸腔鏡では、消化管の外の壁は見えても、内腔を見ることはできない。消化管の壁を隔てて内と外、見ている世界は別である。
厳密にいえば、消化管の中は「体の中」ではなく「体の外」である。
消化管の中は、外の世界と連続した空間だからだ。口の中を含め、消化管内には多くの細菌がすみ着き、私たちと共生しているのだ。
一方、消化管の壁を隔てた領域は正真正銘「体の中」であり、無菌の空間である。腹腔鏡や胸腔鏡で見るのは、後者のほうだ。
墨汁でマーキング
余談だが、腹腔鏡で胃がんや大腸がんの手術を行う際、消化管の内腔は見えないため、「外壁」に変化を起こさない初期段階なら、がんの位置がわからない。
従来の開腹手術なら手で触って位置を確認できるが、内視鏡手術ではお腹の中に手は入らない。よって、このままでは「どこを切ればいいのか」が外科医にはわからない。
そこで、手術前に胃カメラや大腸カメラを用い、腫瘍の近傍に墨汁を注入し、外壁から黒い色調を確認できるようにするのが一般的だ。あるいは、手術中に胃カメラや大腸カメラを行い、その場で位置を確認しながら切るラインを決めることもある。
同じ「内視鏡」でも、その用途は全く異なるのである。
世界最初の胃カメラ
生きた人間の胃の中が初めて覗き見られたのは、一八六八年である。ドイツの医師アドルフ・クスマウルが、剣を呑みこむ大道芸人を相手に試したのが最初だ。
このとき使われたのは、直線的な金属の管であった。
一方、胃の中を写真撮影できる世界初の胃カメラを開発したのは、日本企業のオリンパスである。一九五二年のことだ。
この時点ではまだ静止画の撮影しかできず、その名の通り「胃カメラ」でしかなかったが、本体は「軟性(フレキシブル)」で曲げることができた。
一九六〇年代には、ついにリアルタイムで胃の中を観察できるようになった。新たな素材、グラスファイバーによって実現した技術だ。光を伝える「曲がるガラス繊維」である。
この後、映像技術の進歩とともに内視鏡は急速に進歩し、現在はハイビジョンシステムによって高画質な映像が実現されている。
近年は、単に観察するだけだった胃カメラや大腸カメラを使い、ごく初期の胃がんや大腸がんを削り取る治療が広く普及した。これを一般に「内視鏡治療」と呼ぶ。
ある程度の深さを超えると手術が必要になるが(無理やり削り取ると穴が開いてしまう)、浅いものは手術なしで治療できてしまうのである。
消化管内視鏡については、オリンパスは世界市場の約七割と圧倒的なシェアを占めている(1)。この領域で世界をリードするのは日本企業なのだ。
【参考文献】
(1)オリンパスグループ企業情報サイト「オリンパスの強み」
(https://www.olympus.co.jp/ir/individual/strength.html?page=ir)
(※本原稿は『すばらしい人体』を抜粋・再編集したものです)