「国家百年の計を誤る」とJR東海の葛西敬之氏が2002年に断じた民営化政策とは?Photo by Masato Kato

2022年、日本をけん引してきた各界の大物が鬼籍に入った。「週刊ダイヤモンド」で過去に掲載した大物7人の生前のインタビューを基に、彼らが日本の政治・経済に遺したメッセージを紹介する。特集『日本経済への遺言』(全8回)の#2では、5月に死去したJR東海・葛西敬之社長の2002年のインタビューを再掲する。国鉄改革を経て、民営化の効力と限界を知り抜いている葛西氏は、ある民営化議論に対し「国家百年の計を誤る」と断言。インフラ事業を安易に市場原理に委ねることに警鐘を鳴らした。(ダイヤモンド編集部)

「週刊ダイヤモンド」2002年10月19日号のインタビューを基に再編集。肩書や数値などの情報は雑誌掲載時のもの

品川駅開業で新幹線「第2幕」
巨額投資を可能にした国鉄民営化

――来年秋、新品川駅が開業します。

 民営化して17年目、念願の事業が完結します。新品川駅の効果は三つあります。一つは、東京駅では営業用列車の輸送能力は、現在1時間に11~12本。品川駅始発にすれば15本までは増やせる。

 二つ目は、ダイヤが混乱したときの混乱を集約させる能力、ゆとりを高めたい。東京駅で折り返すよりは、品川駅でそうした方が輸送の弾力性は高まる。

 三つ目は、東京・山手線の西側半分の地域の住民は、新幹線が非常に近くなる。電車なら10分ぐらいの差ですが、車なら20~30分の差が縮まります。

 その結果、品川駅周辺には後楽園球場100個分の面積のマンション、オフィスビルが建っている。土地の値段も、あの地域だけ上がっている。外部経済効果です。

――列車の性能も上がる。

 全ての列車が16両で、座席数が同じ、グリーン車が3両付いて、しかも270キロメートルで走るようになります。38年前の東海道新幹線開通が第1幕、来年、第2幕が開き終わる、そういう事業でした。

――本数を増やす。車両性能も上げる。となれば、駅の大改造が必要という、総合的長期的計画が完結する。

 そう、鉄道の速度を上げるには速く走る車両があるだけでは駄目で、線路の強化、架線の強化が必要になる。電力消費能力も上げ、振動対策の防音壁の強化の手も打たなくてはならない。地震対策も安全対策も変わる、総合的プロジェクトです。

――民営化したからこそできたと。

 そう思います。国鉄時代は、技術者が新しい技術を試してみたいと思っても、二つ障害があった。

 一つは労務問題。新しいことをやれば、必ず組合が労働緩和を求めてくるというためらいがあった。もう一つは経営の悪化です。東海道新幹線自身は稼ぎ頭でしたが、赤字路線の穴を埋めるには内部補助せざるを得なかった。分割民営化前の新幹線の平均投資額は年間400億円で、現状維持のためのぎりぎりの額だった。

 JRになってからは、900億円になりました。純増500億円が、地域分割で可能になった。500億円×16年で、8000億円。それがこのプロジェクトの資金になった。

――社会基盤は、とりわけ長期的視点が必要だということですか。

 10年、15年先のことを考えて効果の遅い投資をやるくらいなら、安い車両のままでいった方がいいという意見もあったんです。ですが、目前の収支にこだわれば、いつまでも新幹線は昔のままです。

 大きな局面、長い先を見て、こっちと決めたら、あとは継続して政策を推進していく。それで、十数年たったときに花がパッと開く。インフラ事業はそういうものです。マーケットに全てを委ねようという議論が最近盛んですが、ちょっとおかしい。

新幹線への巨額投資は国鉄民営化による恩恵だと認める葛西氏は、インタビュー当時の2002年に過熱していたある民営化政策を「国家百年の計を誤る」と強く批判する。次ページでは、葛西氏が鉄道の民営化と比べ、その民営化政策が抱える課題を指摘。政治に対しては、インフラ事業への投資の在り方を再考するよう求めた上で、「マーケットに委ねるふりをして逃げるべきではない」と覚悟を迫る。