2022年、日本をけん引してきた各界の大物が相次いで鬼籍に入った。週刊ダイヤモンドで過去に掲載した大物7人の生前のインタビューを基に、彼らが日本の政治・経済に遺したメッセージを紹介する。特集『日本経済への遺言』(全8回)の#5では、2001年のソニー(現ソニーグループ)会長の出井伸之氏と現代経営学の巨人、P・F・ドラッカー氏の対談を再掲する。米カリフォルニア州で3時間にわたり繰り広げられた白熱討論を2回に分けて紹介する。後編では、出井氏がデジタル革命において、創業者も含めて過去を自己否定する必要性を指摘する。議論は後継者の発掘・育成にも及び、後継者育成も考慮した経営体制の再構築の必要性を打ち明けた出井氏に対し、ドラッカー氏が理想の経営チームを提案する。両者は、グローバル企業の経営者教育やあるべき経営体制を巡り思いをぶつけ合った。(ダイヤモンド編集部)
出井氏「創業者を偉いとほめていられない」
過去の成功体験は「通用するとは限らない」
出井 今まで多くの経営者の方々と会っていて、優れた経営者に共通点はあるか。
ドラッカー さまざまな経営者と接してきたが、いずれもタイプが違った。共通点を挙げれば、第1に自分を仕事に追い込むこと。第2に、組織の目標に優先順位をつけ、徹底してそれを守ること。第3に、組織にビジョンを伝えることだ。
出井 経営者には2とおりの種類があると思う。ひとつは、自分のカネで事業を興した創業経営者、もうひとつは、それを維持発展させるプロフェッショナル経営者だ。
後者に関して優秀な、ある種突き抜ける経営者とは、サラリーマン経営者だということを自覚している人。企業価値を上げ、顧客満足度を満たし、従業員満足度を上げ、売上げを伸ばし、企業を発展させる。この仕組みをつくり上げることを職業としてできる人だ。
創業経営者とプロフェッショナル経営者ではまったく異なるし、経営者として生きている時代も違う。たとえば盛田さん(ダイヤモンド編集部注:盛田昭夫・ソニー〈現ソニーグループ〉創業者)はトランジスタラジオの時代の人だが、私は、デジタル革命が必要な時代に経営をしている。
工業化社会から情報化社会に移るまさにそのときに経営を担った。だから、過去を自己否定しないと経営者としての責務をまっとうできない。いつまでも盛田さんを偉いとほめて、トランジスタを作り続けることはできない。
よいものは残しつつも、過去のものを切っていくことができなければ、プロの経営者とはいえないのだ。
ドラッカー それは社員についても同じか。
出井 ビジネスに革新を起こすためには、企業として外向きの人材をどれくらい持てるかにかかっている。
われわれの技術は連続線上にはない。不連続な変化が起こったときに、過去の技術にこだわっていると、顧客を失うことになる。まず、自らが自己否定できないと、今のシェアすら守れない。絶えざる自己否定と好奇心がなくてはならない。
ドラッカー 日本企業の強みは組織のなかにコミュニティをつくり上げてきたことだと思うが。
出井 知識の時代は変化が速い。過去に成功した人でも、その方法が今の知識には対応できないことが往々にしてある。組織のなかには、過去の貢献によって現在の地位についているが、現在の地位に見合った貢献のできていない人は少なくない。彼の知識が現在の知識についていっていないのである。こうした人たちをどう処遇するかはむずかしい。
ドラッカー 多くの企業の、特にミドル層について同じような悩みをよく聞く。どうすればよいか。まず、組織内の既存のものを捨てる体系的廃棄を徹底させることによって全体に変化志向の風土を植え付ける。第2に、社員全員を社内および社外のマネジメントコースや、専門別のコースに参加させて、継続学習を日常のものとする。第3に、ミドル層を先生役にして、新しい考え方、新しい方針、新しい技術について社内で教えさせることだ。
出井 変化の時代においては、事業を展開するにあたって、故きを温ねて新しきを知るなどということではできない。
未来を仮定して、新しきを作る。いいところは残して悪いところは捨てる。ソニーといえども過去の成功体験が通用するとは限らない。
次ページでは、経営者の重要な資質を「後継人事に優れていること」と指摘するドラッカー氏に対し、出井氏が後継者育成の難しさを吐露する。議論が、経営者育成も踏まえた理想のトップマネジメントについて及ぶと、ドラッカー氏はグローバル企業のトップは5人が適切だと提案。それに対し、出井氏が「情報」の重要性を挙げた上で、両者は理想のトップマネジメントについて議論を練っていく。さらに、日本の政治も俎上に上がると、ドラッカー氏は、高齢化などの課題に有効な手が打てていないと日本政治を断じる。