昔はなぜ高齢者事故が
少なかったのか

 高齢者の免許返納をめぐる問題は複雑化している。高齢ドライバーが世間体や自身の運転技術を踏まえつつも、利便性や認知症リスクなど考慮すると、免許を返納するかを判断するのは想像以上に困難に思える。

「車は便利ですし、いつどんなときに必要になるかわからないので、基本は死ぬまで保有し続ける姿勢でいいと思います。ただし、家族や知り合いから『運転が危ない』と言われたら一考する。その場合、まずは『夜や雨の日、子どもの通学時間は運転しない』といったリスク回避運転に努め、いよいよ自分で限界を感じたり、納得できるタイミングが来たら返納するのが、現状ではベストかと思います」

 たとえ普段は乗っていなくても、災害時に車という足があることで安心につながる場合もあるだろう。無理に手放すのではなく、いざというときのために温存しておくというのも一手なのだ。

 さらに中村氏は、そもそも高齢者の安全意識があまり世に伝わっていないことも指摘する。

「『昔のほうが高齢者事故は少なかった』と思う人もいるかもしれませんが、それは当然で、2000年代までは車を運転する80~90歳が少なかったんです。長寿命化により、2012~21年までの免許保有者は、その前の10年間に比べて1.4倍に増えている。一方で、65歳以上の運転死亡事故は横ばいのままというデータもあり、相対的には高齢者の死亡事故の割合は低下しています」

 高齢者の事故は一定数存在するものの、安全運転を心がけようとする人は増えているという事実は見過ごしてほしくない、と中村氏は言う。

「世界で初めて車が誕生した120年前や、日本に東名高速道ができた1968年の時点では、80歳超えの高齢者が車を運転する未来なんて誰も想像していなかった。高齢ドライバーの問題は、時代が進み、高齢化問題が顕著になったことで初めて認識された社会問題といえます。海外でも問題意識はありますが、アメリカなどは土地が広く、そもそも歩行者が少ないため、事故が起きても単独か、車同士の事故。本来であれば、日本も歩道と車道を完全に分離すべきですが、やはり土地が狭いために難しいんです」

 日本は高齢化率のトップを独走しつつ、狭い地形がゆえに歩道と車道が一体化した危険な交通路が多いため、事故のリスクは増す状況にあるのだ。中村氏は、「今後も高齢化は深刻化していく。ならば、高齢者が見やすい位置に信号をずらすなど、高齢者が安心して運転できる道路に変えていくべき」と提言する。高齢ドライバーの問題を解決するには、いまの時代に合った環境づくりが早急に求められるようだ。

【訂正】記事初出時より以下の通り訂正します。
8段落および10段落:「今年5月」→「昨年5月」
(2023年1月18日21:28 ダイヤモンド編集部)