サブスクリプションサービス(以下、サブスク)が盛り上がりを見せている。今ではサブスクを提供していない業種を探すほうが難しいくらいだ。ただ、サブスクを提供する業種は多いものの、苦戦している企業が少なくないのも実情である。
なぜ、サブスクがうまくいかないのか。創業間もない頃のセールスフォースに参画してCMO(最高マーケティング責任者)やCSO(最高戦略責任者)を歴任後、2007年に収益管理や料金回収システムなどサブスクサービス展開に必要な機能をクラウドで1000社以上に提供するズオラ(Zuora)を創業し代表を務めるティエン・ツォらがまとめた書籍『サブスクリプション 「顧客の成功」が収益を生む新時代のビジネスモデル』(ティエン・ツォ/ゲイブ・ワイザート、監訳・桑野順一郎、訳・御立英史)では、サブスクの本質といかに実践するかが語られている。本稿では、サブスクモデルの成功モデルについて一部抜粋して紹介する(構成・栗下直也)。

高級ギターメーカーが過去最高の売上を叩き出した秘訣【サブスクサービスの成功例】高級ギターメーカーはどのような手を打ったのか?(Photo: Adobe Stock/写真はイメージです)

「所有」から「利用」の変化の本当の意味とは

 従来、企業の役割は製品を販売して顧客に「所有」させることだった。これに異論はないだろう。極論で語れば、売ることさえできればよかった。所有させたところで企業の役割が終わっていた時代すらあった。

 ただ、今の顧客の多くは製品を所有することを目的としていない。使い楽しむことに関心が変化している。

「所有」という概念は死んだ。(p.173)

 注意すべきなのは、所有から利用への変化はモノからサービスの変化ではない、という点だ。

顧客が物理的なモノの所有にわずらわされることなく、望み通りの結果を得ることができるとすれば、そこに需要が生まれ、新しい収益の流れができる。(p.185)

 顧客はサービスではなくサービスの成果に興味がある。その需要を満たすことができれば持続的なビジネスモデルが築ける。では、どのようにして需要を満たせばよいのだろうか。

いかに楽しみを提供するか

 この変化は業界を問わずあらゆる業種で成立する。日用品だけでなく、高額な製品もすでに「所有から利用へ」がもたらすサブスク化の対象になっている。だが、高額品をどのようにサブスクに移行させるのかイメージが浮かばない人も多いだろう。実際に、頭を悩ましている企業も多い。ここでは、高級ギターメーカーのフェンダーの事例を取り上げてみよう

製品に魅力的なデジタルサービスをセットにして提供すればよい。(p.53)

 ギター市場は意外なことに初心者が市場を占める割合が多い。同社も売上高のほぼ半分が初心者で、その9割が「習得することが難しい」という理由で1年以内にギターに触るのをやめていた。ギターをせっかく買っても「指先が痛い」「弾き方がよく分からない」「コードが押さえられない」などの理由で、弾かなくなっていた。

 そこで、同社は単にギターを販売するだけでなく、初心者向けに定額制オンライン教育動画サービスを始めた。数百あるレッスン楽曲から好きな曲を選び動画を視聴しながら技術を習得できる仕組みだ。

 初心者のギター継続率が伸びれば、ギター人口が増えて、市場全体が活性化する。結果的にフェンダー製品を購入してもらう機会も増えるのではないかと考えたのだ。

 結果的に、同社のサブスクは新型コロナウイルス禍による巣ごもり需要も捉え、業績に寄与した。リアルの商品とデジタルの融合で、2020年のフェンダーの売り上げは過去最高を記録している。

 ギターを売るのではなく、楽曲を学ぶ楽しさを提供する。動画を使って練習しやすい環境をつくりだす。モノを所有するのではなく使い楽しむことに焦点を当てた戦略が実を結んだ。

「筋書き」を逆転させる

 フェンダーは一例だ。顧客とつながり続ける方法は業種や扱うモノ、提供するサービスによって異なる。ただ、共通する発想もある。「筋書き」の逆転だ。

全ての発想を、製品からではなく顧客から始める。(p.55)

 売ることばかりを考えずに、「つながり」を重視する。今では小売りの店舗すら、「いかに売り切るか」から「いかにつながるか」の場に位置づけが変わりつつある。店舗は製品を売る場所ではなく消費品やサービスを体験する場にもなっているのだ。アマゾンを筆頭にEコマースの企業がリアル店舗を続々と出店している現実からもそれは明らかだろう。

新しい勝者は、リアル店舗をネット店舗の拡張スペースとして利用している。その逆ではない。(p.61)

 オンラインで見たり聞いたりしたものをリアルに体験する。そのために、時代遅れとみなされていたリアル店舗の価値が見直されている。リアルに価値がないのではなく、重要なのは「筋書き」なのだ。

 顧客の「所有」への意欲が減退し、顧客は利用することに価値を見いだしている。企業は顧客に体験を売らなければいけない――多くのビジネスマンが一度は耳にしたことがある主張だろう。だが、本当にこの主張の意味を理解できていただろうか。製品ありきの顧客体験ではなかっただろうか。モノをサービスにかえただけではなかっただろうか。もし、自社のサブスクがうまくいっていなかったら、果たして「筋書き」はどうなっているのか確認してみるとよいかもしれない。