Twitterとかで(語彙力)っていう表現をよく見かけるじゃないですか。見かけるんですよ。ありきたりな表現を使ってしまって、「もっと自分に語彙力があったらいいのに」って嘆いているような表現です。書店に行っても「語彙」をテーマにした本ってたくさんあって、よく売れるんですよね。でも、何のために私たちは語彙を広げたいと思うのでしょうか?『ぼくらは嘘でつながっている。』という本を書いた元NHKディレクターで作家の浅生鴨氏は、語彙を身につけることで何が豊かになるのかを、端的にこう言います。(構成・撮影/編集部・今野良介)

「世界の受け止め方」を変える手っ取り早い方法

『ぼくらは嘘でつながっている。』という本を書いた。本心である。

そもそも、自らの五感をどう騙すか、自分にどんな嘘をつくのかで、僕たちはどのように世界を受け止めるのかが変わるのだ。外部から次々とやってくる嘘にただ振り回されるのではなく、自分が受け止めたいように受け止め、世界を変えていく。

そのためにも、自覚しながらしっかりと自分に嘘をつく必要があると僕は思っている。

この世界に客観的な事実などない。すべては僕たちが受け取った情報をどう処理するか。それだけなのである。

受け取る世界を変える最も手っ取り早い方法は、知識を得ることだ。

同じ黒い色を見ても多くの人は「黒」と圧縮してインプットすることしかできない。そこから再現できるのは「あれは黒かった」という真実だけだ。

けれども色についての知識があれば、そのとき見た黒は、いったいどんな黒だったかを自分の中に明確に残すことができる。

鉄黒、黒橡、濡烏、濡羽、暗黒、消炭、黝色、漆黒、紫黒、烏羽、墨色、呂色。

これらはすべてそれぞれ異なる黒を表す言葉だ。現実に見た「濡烏だった」と「鉄黒だった」と「墨色だった」はまるで異なっているのに、知識がなければ僕たちは「黒かった」という一つの単語に押し込んでしまう。

暗黒だったのか漆黒だったのか、そのわずかな違いを知っているだけで、僕たちの体験は何倍も豊かになっていくのである。

「嗚呼、語彙力。」そう嘆く人、何が乏しい?この赤なら、どうやって表現します?

散歩をしているときに見かけた雑草も夜空にちりばめられた光も、草花や星の名前を知っているかどうかで現実の捉え方、体験が変わってくる。優れた本を読めば、それまで知らなかった人の体験や感情だって知ることができる。

知識を得るのは望遠鏡を手にするようなものだ。それまでは遠くにあって見えなかったものや気づけなかったものが、はっきり見えるようになるのだ。

勉強のための勉強は楽しくないかも知れないが、ものを知るたびに世界の解像度がどんどん高くなっていくのを実際に体験すれば、もっともっといろいろなことが知りたくなるはずだ。だから勉強って楽しいんです。

「世界を変えることも、他人を変えることもできないが、自分を変えることはできる」

誰が言い出したのか、そんな格言をときおりネット上で見かけるが、世界だって他人だって、そもそも自分がそのように捉えているのに過ぎませんから、捉え方を変えればいくらでも変えることができるのです。(了)

浅生鴨(あそう・かも)
1971年、兵庫県生まれ。作家、広告プランナー。出版社「ネコノス」創業者。早稲田大学第二文学部除籍。中学時代から1日1冊の読書を社会人になるまで続ける。ゲーム、音楽、イベント運営、IT、音響照明、映像制作、デザイン、広告など多業界を渡り歩く。31歳の時、バイクに乗っていた時に大型トラックと接触。三次救急で病院に運ばれ10日間意識不明で生死を彷徨う大事故に遭うが、一命を取りとめる。「あれから先はおまけの人生。死にそうになるのは淋しかったから、生きている間は楽しく過ごしたい」と話す。リハビリを経てNHKに入局。制作局のディレクターとして「週刊こどもニュース」「ハートネットTV」「NHKスペシャル」など、福祉・報道系の番組制作に多数携わる。広報局に異動し、2009年に開設したツイッター「@NHK_PR」が公式アカウントらしからぬ「ユルい」ツイートで人気を呼び、60万人以上のフォロワーを集め「中の人1号」として話題になる。2013年に初の短編小説「エビくん」を「群像」で発表。2014年NHKを退職。現在は執筆活動を中心に自社での出版・同人誌制作、広告やテレビ番組の企画・制作・演出などを手がける。著書に『伴走者』(講談社)、『アグニオン』(新潮社)、『だから僕は、ググらない。』(大和出版)、『どこでもない場所』『すべては一度きり』(以上、左右社)など多数。元ラグビー選手。福島の山を保有。声優としてドラマに参加。満席の日本青年館でライブ経験あり。キューバへ訪れた際にスパイ容疑をかけられ拘束。一時期油田を所有していた。座間から都内まで10時間近く徒歩で移動し打合せに遅刻。筒井康隆と岡崎体育とえび満月がわりと好き。2021年10月から短篇小説を週に2本「note」で発表する狂気の連載を続ける。