北中正和 著
後に『サージェント・ペパーズ』にミュージック・ホール的な編曲で収録される「ホエン・アイム・シックスティ・フォー」は、もとはポールが16歳のときに作りはじめた曲です。すでにエルヴィス・プレスリーやリトル・リチャードのロックンロールに熱中していた時期ですが、この曲を作るときはなんとフランク・シナトラを思い浮かべていたというから驚きです。
ビートルズのデビュー・アルバムには「蜜の味」が、セカンド・アルバム『ウィズ・ザ・ビートルズ』には「ティル・ゼア・ウォズ・ユー」が収録されていました。
後者は1950年にメレディス・ウィルソンによって「ティル・アイ・メット・ユー」として発表された曲で、おとなしいポップ・バラードでした。それがミュージカル『ミュージック・マン』(1957年)に使用されたときこのタイトルに改められ、1959年にアニタ・ブライアントのレコードでヒットしています。ポールはいとこからペギー・リーのレコードを貰ったようです。
この曲のビートルズの音源は62年のデッカ・オーディションの演奏をはじめ複数残っていて、アルバム『ウィズ・ザ・ビートルズ』ではガット・ギターで、ライヴではエレクトリック・ギターで演奏されています。ポールは63年の王室主催の慈善公演でも、64年のアメリカ進出時の『エド・サリヴァン・ショウ』でもこの曲をうたっていました。ジャズ世代のポップ・バラードがジョンの「ツイスト&シャウト」と対をなす初期ビートルズの重要なカヴァー・レパートリーだったわけです。
ポールのこの関心のありようからすると、彼が後に「イエスタデイ」や「ブラックバード」を作ったことも不思議ではありません。後年、ポールは「イエスタデイ」を作ったとき、「若いファンもいいけど、その両親にも気に入ってもらいたかった」(ジョウ・スミス『ポップ・ヴォイス』P304)と告白しています。やはりポールの「レディ・マドンナ」の間奏のロニー・スコットのサックス・ソロもビートルズの曲の中では最もジャズ色の強い部分でした。
それでいてメロディや曲の構成やギターの弾き方やうたい方の感覚はジャズ世代の人たちとは明らかにちがうのがビートルズのおもしろさです。ポールのアコースティック・ギターとジョージ・マーティン編曲のストリングスだけで演奏される「イエスタデイ」を聞いてみてください。ジャズ世代のギタリストは絶対にこんなギターの弾き方はしません。
ポールはまた、ソロ時代に入ってからですが、ジャズ・ピアニスト/歌手のダイアナ・クラールを従えてアルバム『キス・オン・ザ・ボトム』で往年のポップ・スタンダードをうたっています。