大人の責任と、企業にできること

 すべての患者を、単に病気を治すだけでなく、合併症を起こさないよう治したいというのは、小児がんに携わる医療者全員の願いだ。そしてその実現のために、医療現場が切実に求めているのは資金援助だという。

「小児医療には、とてもお金がかかります。たとえば一人採血するにしてもすごく手がかかるのに、十分な診療報酬に反映されていないというのが問題です。小児病院はどこも毎年、何十億円もの赤字を出しています。私は、子どもを大切にしない社会に未来はないと思っています。国は小児医療に、もっと予算を付けていただきたい。今、小児医療は危機的な状況に陥っています」

 危機感をあらわにする松本氏は、民間企業からの金銭的支援を求めているし、それには国も制度を工夫してほしいと訴える。

「やはり企業の皆さんには寄付をしていただきたい。お金があればやれるのにと思うことが多々ありますので、小児がん、小児医療に対して寄付をしていただきたいです。日本の医療費はもっと、小児のために上手く使ってほしいと思わずにはいられません」

 企業からの寄付を増やすためには、寄付をすることが企業側にとってもメリットになるような仕組みが必要だという。

「企業が私たち医療者に寄付しても現在は、大きなメリットはありません。でも、たとえば企業版の『ふるさと納税』みたいな、お互いにメリットがある仕組みに小児医療が対象になれば、小児医療のために寄付しようという企業が増えて、もっともっと子供たちが安心して暮らせる世の中になると思います」

 毎年2月15日は「国際小児がんデー」だが、松本氏が理事を務める一般社団法人「Empower Children(エンパワーチルドレン)」は、小児がん治療支援のためのチャリティーライヴ「LIVE EMPOWER CHILDREN 2023 supported by 第一生命保険」をこの日に開催し、公演の利益を全額、一部の小児がん拠点病院や、小児がん支援団体に寄付している。

 エンパワーチルドレンは、音楽ソフト会社の大手「エイベックス」に勤める保屋松靖人氏が代表理事を務め、線虫がん検査「N-NOSE」でがんの早期発見に取り組むHIROTSUバイオサイエンスの広津崇亮氏も理事に名を連ねている団体だ。

「チャリティーライヴには、エイベックスのアーティストのみなさんが出演してくださり、ライヴの終わりにはそれぞれの熱い想いを語ってくれます。今年で4回目になりますが、私は毎回、感謝の想いで胸がいっぱいになります」

 本イベントは、長男が小学校6年生の頃に小児がんを患い、治癒した経験を持つ保屋松氏個人の想いが関係者を動かして実現し、継続されている。

「個人の想いはもちろんありがたい。ですがサスティナブルな支援のためには、社会全体を巻き込んでいけるようなWin-Winの仕組みが必要だと思います。国の未来を担う子供たちの明るい未来のために、どうかご協力をお願いします」

 小児がんの啓発活動としては、小児がんの患者とその両親、小児がん経験者の強い思いによって始まり、今では世界中で広く支持されるGlobal Gold September Campaign(グローバル・ゴールド・セプテンバー・キャンペーン)もある。毎年9月に各国それぞれの地域を象徴する建物や遺跡・橋・自然資産などを金色にライトアップし、小児がん治療の重要性を啓発するとともに、子どもたちに必要な医療や研究に「光を照らす」国際的なイベントだ。そちらもぜひ支援したい。

監修/松本公一(まつもと・きみかず)
国立成育医療研究センター 小児がんセンター長/小児がんセンター 長期フォローアップ科 診療部長(併任)
国立成育医療研究センターは、国立がん研究センターとともに小児がん拠点病院を牽引する「小児がん中央機関」に指定されている。「小児がん手術に特化した」小児腫瘍外科は日本唯一。「内科系診療科、腫瘍外科、放射線診断科・治療科などの臨床科、そして看護部、薬剤部、リハビリ、ソーシャルワーカーなど多職種が一切の垣根なく、小児がんのためにチーム一丸となって頑張っている」のが松本氏の自慢。病気と向き合う子供たちと家族を支援するための「こどもサポートチーム(緩和ケアチーム)」「ファシリティドッグ(病院で活動するために専門的に育成された犬)」等々の活動や、海外との連携にも注力している。