「人種・民族に関する問題は根深い…」。コロナ禍で起こった人種差別反対デモを見てそう感じた人が多かっただろう。差別や戦争、政治、経済など、実は世界で起こっている問題の“根っこ”には民族問題があることが多い。芸術や文化にも“民族”を扱ったものは非常に多く、もはやビジネスパーソンの必須教養と言ってもいいだろう。本連載では、世界96ヵ国で学んだ元外交官・山中俊之氏による著書、『ビジネスエリートの必須教養「世界の民族」超入門』(ダイヤモンド社)の内容から、多様性・SDGs時代の世界の常識をお伝えしていく。

「世界の民族」超入門Photo: Adobe Stock

ブラジルの日系2世3世は何人か?

 私は大前研一さん主宰の勉強会に参加した際、こんな質問をしてみました。

「世界で人種差別が少ない融和的な国を挙げるとするとどこですか?」

 世界の国々を知り尽くした大前さんは、あくまで参考例としてでしたが三つの国を挙げてくれました。一つはカナダ。その次に挙げたのがシンガポール。もう一つはブラジルでした。

 私自身も世界の96ヵ国をこれまで訪れ、多くの国際会議にも出席してきましたが、同じ印象を持っています。

 ブラジルは白人が47%、ムラート(白人と黒人の混血の人々)が43%、黒人が7%。アマゾンに先住民はいますが、ペルーやボリビアに比べると数は少なく、したがってメスティーソ(白人と先住民の混血の人々)の人口はわずかです。

 また、問題がないわけではなく、アマゾン先住民は、コロナ禍において治療やワクチン接種が進まないなど問題を抱えています。

 ブラジル人は人種について、「私はポルトガル系です」とか「アフリカ系です」となかなか明言しにくいといわれています。

 それは「問題になるといけないので言及を避ける」ということではなく、あらゆる血が入っているので、自分自身でも把握しきれないということのようです。

 たとえば、祖父・祖母の時代までは「祖父は白人と黒人のムラートの一族で、祖母は白人」というのはわかっても、その祖母の三代前はメスティーソと白人が結婚していたりします。

 ブラジルには20世紀初めから100万人の日本人が移民として入植し、今も200万人の日系人がいます。

 彼らも大変な苦労をしていますが、それは貧しさからスタートした激しい労働の苦労であって、人種的な差別や迫害ではなかったようです。

「ブラジルは人種差別ゼロ」ではありませんが、少なくともアメリカのように厳しい人種間の対立の歴史はありません。

 逆にいうと、日系ブラジル人であっても三世くらいになると、「私たちは日本人だ」というアイデンティティを強く持つ人はあまりいません。

 その意味で日系ブラジル人は、一族郎党日本からきた人たちだけで構成され、「Tanaka」「Yamada」のような姓を持ってアジア人の顔をしていたとしても、日本人ではなくブラジル人なのでしょう。

 ブラジルは古い出自にこだわらず、でも「ブラジル人」として自国を誇り、愛している国民性です。

 世界のチームに散らばっているブラジル出身のサッカー選手も「ブラジル人同士」ということで横のつながりが強かったりするのです。

ボサノバに象徴されるブラジルの「共存意識」

 中南米は全体として人種や肌の色にこだわりが比較的少ないのですが、特にブラジルに顕著なのは、黒人奴隷の待遇の違いではないかというのが私の仮説です。

 ブラジルでも他の中南米と同じく、以前は先住民と黒人は社会の底辺に位置していました。

 差別され、1ヵ所にまとめられていたから、ハイチやジャマイカのように黒人が多い国もあるわけです。

 しかし、ブラジルの場合は白人と黒人が同じ地区に住み、混血している場合もあります。一方で、スラムが厳然として存在し、貧富の差が明確にあることも事実です。

 しかしそこには、ブラジルを植民地支配したポルトガルが、白人至上主義的ではなかった影響もあるでしょう。

 大西洋に突き出たリスボンは、いってみるとわかりますが、「ここから大航海時代が始まった」と感じられるひらけた土地です。

 ポルトガルはビジネス第一であり、人種的偏見が少なかったために、おそらくブラジルにも融和的な傾向があるのではないでしょうか。

 大航海時代の後半になると、ポルトガルはスペインの陰に隠れて世界の表舞台から遠ざかってしまいましたが、彼らのひらけた考え方は目に見えない大きな精神性として、ブラジルに残っているのかもしれません。

 ブラジルの音楽・ボサノバはポルトガル語で「新しい傾向」「新しい突起」という意味。

 ブラジルの黒人音楽やサンバ、ジャズが混じりあったものといわれています。ジャズはご存じの通り、アフリカ系の黒人から生まれた音楽です。

 訪問したリオデジャネイロの音楽バーで、あらゆる要素が混じりあった心地良いボサノバを聴いていると、融和から生まれた「共存意識」を持つ、ブラジルの心そのもののように感じられました。