「悲しみ切ること」は「自分を大切にすること」

──​しっかり悲しまないと、どうなるのでしょうか?

川野:たとえば、本当は悲しくてつらいのに、悲しみを紛らわすために友人たちとパーっと遊んで元気になったように感じたとしても、それは一時的な高揚感に過ぎなかったりします。ふと一人に立ち返ったとき、ドーンと悲しみが寄せてくることがあるのです。

──​悲しいときは、しっかり悲しむことが大事なんですね。

川野:そうですね。「悲しみ切る」ことが、巡り巡って「自分を大切にすること」につながると実感しています。

自分を大切にしてはじめて、このつらい体験をどう活かそうか、というふうに、だんだんと外に目が向くようになるのです。

もちろん、ひとりで悲しむことに耐えられそうにないこともあると思います。

そのようなときには、カウンセラーや精神科医といった専門家による支援を受けることも助けとなるかもしれません。

【精神科医が語る】絶望的な状況に陥ったときに大切なたった1つのこととは?Photo: Adobe Stock

高校生のときに突然父が亡くなり、絶望した日々

──​川野先生ご自身も絶望的な気持ちになったことはあるのでしょうか。

川野:もちろん私にもあります。

高校3年生の夏に父が重病で倒れた時の悲しみと絶望感は、今もはっきりと思い出すことができます。

私の生家である林香寺の住職をしていた父は、ある朝突然倒れ、呼吸停止となり、救急隊によって一命をとりとめたのですが脳死状態となってしまいました。

そのときの私はまさに思考停止の状態になりました。

父と暮らせなくなることはもちろん悲しくて、涙が止まりませんでしたが、それとともに、いま父が亡くなったら、母と祖母の二人を私一人でどう守っていけばよいのか、その不安が込み上げてきました。どうしよう、この先どうやって生きていこう、と。

──​それは本当に大変でしたね……。

川野:はい。ただ、私の父は倒れてから入院し、命を終えるまでに1カ月以上もがんばってくれました。

父は脳死で昏睡状態ですが、生きている状態で1カ月いてくれたおかげで、その間に私たち家族は心の準備をすることができたんです。

「このままいつか、お父さんは死んでしまうんだ」「それなら、残された私たちはお父さんの分までがんばって生きていこう」と、父を見送るまでの期間の中で祖母と母と3人、少しずつ立ち直ることができたように思います。

──​立ち直られたきっかけなどはあったのでしょうか。

川野:高校の帰りに病院へ通い、毎日のように人工呼吸器につながれた父のベッドの横でしばらく過ごしていました。

父は何も言葉を発しませんが、その顔を見ているうちに、幼い頃からの17年間に父が与えてくれたものについて考えるようになったのです。

それは物質的なものではなくて、「結果はどうあれ、ただがんばることは素晴らしいことなんだよ」など、父が私にかけてくれた言葉の数々でした。

その言葉たちが、私にとってここぞというときに、あと一歩のがんばりをいつも引き出してくれたことを思い出しました。

そして、父が与えてくれたものへの感謝を、どうやって示していこうか。

これから先の人生でかかわる人たちに自分でも何か小さなことでもできることがあるのでは、と考えられるようになったのです。