企業による新卒社員の獲得競争が激しくなっている。しかし、本当に大切なのは「採用した人材の育成」だろう。そこで参考になるのが『メンタリング・マネジメント』(福島正伸著)だ。「メンタリング」とは、他者を本気にさせ、どんな困難にも挑戦する勇気を与える手法のことで、本書にはメンタリングによる人材育成の手法が書かれている。メインメッセージは「他人を変えたければ、自分を変えれば良い」自分自身が手本となり、部下や新人を支援することが最も大切なことなのだ。本連載では、本書から抜粋してその要旨をお伝えしていく。

メンタリング・マネジメントPhoto: Adobe Stock

指導と育成
──育成なくして指導なし

「言わなければ、彼はわからないよ。彼の成長のためには、はっきりと言ってあげたほうがいい」
「君の成長のために、任せたんじゃないか。厳しいかもしれないが、がんばってくれよ」

 このように接することで、人は本当に育つのでしょうか?

 意思に反して次のように、相手に受け取られることはないでしょうか。

「あの人からは、言われたくないよ。あの人はいつも自分の考えを人に押しつけるんだ」
「上司が楽をするために、自分がやりたくない仕事を、私に任せようとしているだけさ。まったく、とんでもない話だよ」

 このようにならないために、もう一度、人を育てるためにやっていることを問い直してみましょう。

・人を育てる、と言いながらやっていることは、はたして本当に人が育つことなのか? それが、必要とされる根拠は?
・相手を成長させることよりも、その時の自分の気持ちが優先した発言や行動をしていることはないか?
・相手のためと言いながら、自分のためにやっていることはないか?

 これまで自分が当たり前のように思ってやってきたことを、冷静に考え直してみると、根本的な問題点を発見できることがあります。

 もしかすると、相手はこちらの本心を知っているのかもしれません。

 人を育てる際、私たちはいかにして正しいことを相手に伝えるかを考えることがあります。

 しかし、正しいことを教えれば、人は育つのでしょうか。

 残念ながら、いくら正しいことを教えても、人は育つことはありません。

 極端な話かもしれませんが、もし教えることで人が育つのであれば、「立派な人間になれ」と言えばいいだけになります。そうすれば、立派な人間に育つはずですから。

 実は、教えても人が育たない場合もあれば、教えなくとも人が育つ場合があるのです。このことについて少し考えてみたいと思います。

 人を育てるために、認識しておかなければならないことがあります。

 それは、「指導」「育成」です。

 自分が今、指導をすべきなのか、それとも育成をすべきなのかを正しく判断することが、人材の育成にあたって、まずはじめに求められる重要なポイントになります。

指導とは「教える」こと

 指導とは、問題解決のため、あるいは生産性向上のために、必要とされる問題解決法などの手法や知識、技術、情報などを、相手に伝えることです。

 つまり、それは相手に「教える」ことです。

 指導には、一つ注意しなければならない点があります。それは何事にも万能な手法や知識があるわけではなく、なおかつ手法や知識は無限にあるということです。

 次のような話があります。

 一人のプロゴルファーがスランプに陥って悩んでいました。

 たまたまそんな時、あるゴルフ雑誌の企画で、五人の一流のプロゴルファーがそれぞれ個別にアドバイスすることになりました。

 ところが、なんとその五人のプロゴルファーのアドバイスは、一つの問題を解決するためのものであるにもかかわらず、すべて違う内容の解決策だったのです。

 さて、このような時はどのように考えればいいのでしょうか。

 その解決策の選択基準は自分自身にあります。つまり、自分が最も納得がいく方法を選択すればいいのです。

 しかし自分だけでは、はっきりと選ぶことができない時もあるかもしれません。

 その時は、まず五人のアドバイスを、すべて受け入れてみてもいいでしょう。

 一つ一つやってみて、その中で自分にとってやりやすく、成果が出た方法が、その時の正しいアドバイスなのです。

 他人が成功した方法だからといって、自分がやってみると成果が出ないことがあります。

 それぞれのアドバイスは、すべてがそれなりに意味のあるアドバイスなのですが、どのアドバイスがその時の自分にとって、ぴったりと合うかはわかりません。

 自分でも納得できるアドバイスがあればいいのですが、どれが自分に合うかわからない時には、実際にやってみて、成果を出すことができたアドバイスが正しい方法であり、その時の成功手法なのです。

 このように、指導で大切なことは、相手に選択させることです。

「教える」ということは、教えた通りのことを相手にやらせることではありません。そもそも、教えたことを相手がやるかどうかは、相手が決めることなのです。

 何よりも重要なことは、教えたことを相手がやる気になってやる、ということです。そして、そのために必要なのが育成です。

育成とは「やる気にさせること」

 育成を一言で表現すれば、「やる気にさせること」です。

 それは、どんな困難に対しても、勇気を持ってチャレンジしていく自立型姿勢を身につけさせることに他なりません。

 そのためには、まずこちらが相手の見本となって、自立型姿勢を見せることが必要となります。

 つまり、指導とは「教える」ことですが、育成とは「見せる」ことです。

 人はやる気になってはじめてこちらの話を聞き、教えられたことを行動に移すようになります。つまり、育成ができていなければ、指導したことが活かされず、無駄になってしまうのです。