いま話題の「ディープ・スキル」とは何か? ビジネスパーソンは、人と組織を動かすことができなければ、仕事を成し遂げることができません。そのためには、「上司は保身をはかる」「部署間対立は避けられない」「権力がなければ変革はできない」といった、身も蓋もない現実(人間心理・組織力学)に対する深い洞察に基づいた、「ヒューマン・スキル」=「ディープ・スキル」が不可欠。本連載では、4000人超のリーダーをサポートしてきたコンサルタントである石川明さんが、現場で学んできた「ディープ・スキル」を解説します。
今回のテーマは、社内の人間関係への処し方。組織で働いていると、部下に責任を押し付ける上司など、どうしても許せない人物が現れることがあります。そんなときに、否応なくわき上がる「嫌悪感」をどう処理して、乗り越えていけばいいのか? そのための、ディープ・スキルについて解説します(本連載は『Deep Skill ディープ・スキル』(石川明・著)から抜粋・編集してお届けします)。
「好き嫌い」の感情を
上手にコントロールする
「好き嫌い」の感情とどう向き合うか──。
これは、組織で働くうえで避けては通れない問題です。
私たちは、上司や部下をはじめ、組織の中で仕事をする相手を選ぶことはできません。そして、人間誰しも、対人関係には相性がありますから、会社の中に「好きになれない人」や「苦手な人」「嫌いな人」が生まれてしまうのは仕方のないこと。むしろ、それが自然だとさえ言えるでしょう。大事なのは、その「好き嫌い」の感情を上手にコントロールしながら、誰とでも気持ちよく仕事をする対人スキルを身につけることです。
実際、これまで私は、100社を超える企業で、約4000人の担当者(プロジェクト・リーダーや新規事業の起案者)に伴走してきましたが、新規事業を成功に導くことができるのは、まず間違いなく、こうした対人スキルに長けた人物でした。
これは当然のことです。新規事業を進めようとすれば、必然的に、社内にはさまざまな軋轢が生じます。その状況のなかで、プロジェクト・リーダーが「好き嫌い」の感情を表に出しているようでは、「敵」や「抵抗勢力」が増えるばかり。上司や部下との関係性もギクシャクとしたものになるでしょう。それでは、どんなに優れた事業アイデアであったとしても、どこかで暗礁に乗り上げてしまうからです。
リーダーにとって最も本質的な能力とは何か?
もちろん、新規事業を成功させるためには、ビジネスチャンスを見出す「分析力」、事業アイデアを発案する「発想力」、アイデアを事業プランにまとめ上げる「構想力」などの能力も不可欠です。
しかし、そうした能力をもっていたとしても、「好き嫌い」の感情をうまく制御できない人物では、社内の軋轢を乗り越えることができず、プロジェクトを育てていくことはできません。
むしろ、「分析力」「発想力」「構想力」などの能力はやや弱かったとしても、社内のさまざまな関係者と協力関係を築くことができる人物のほうがプロジェクト・リーダーとしては適任。「分析力」「発想力」「構想力」などの能力をもつメンバーを部下につけることで、リーダーの弱点は補うことが可能だからです。つまり、このスキルこそが、ビジネスパーソンの「中核的なスキル」と言っても過言ではないということです。
ただし、これは書籍などで勉強して身につけられるようなスキルではありません。人間である限り、「好き嫌い」の感情を消し去ることはできませんし、かすかな「嫌悪感」であっても、相手にはなんとなく伝わってしまうもの。そのような繊細極まりない感情の取り扱いは、決して簡単なものではありません。日々、職場の人間関係をやりくりするなかで、試行錯誤をしながら少しずつ身体で覚えていくほかないのです。
社内の人間関係には、
ある種のクールさが必要
では、どうすればよいのか?
私は、ある種のクールさが必要だと思っています。
そもそも、会社は「仕事」をする場所です。社員は「仲良くなる」ために集められたのではなく、「事業」を推進するために集められたのです。そのような場所で、「好き嫌い」を持ち出すことがそもそもおかしい。「相性」が良かろうが悪かろうが、「好き」だろうが「嫌い」だろうが、誰とでも力を合わせて「結果」を出すのが仕事。自分の「感情」は横に置いて、あくまでも「目的合理性」に徹するべきなのです。
ここで言う「目的合理性」とは、自分が成すべき「業務目的」を達成するうえで、「合理性」のある言動に徹するという意味です。
例えば、どうしても好感をもてない“扱いにくい部下”がいるとします。ぶっきらぼうで気難しく、何を言ってもネガティブな反応が返ってくる。社内で不要なトラブルを引き起こし、冷静に注意をしても反抗的な態度を取る。彼が以前いた部署の上司に聞いても、きわめて否定的な評価を聞かされる。そのような部下に対して「嫌悪感」を抱くのはやむを得ないことでしょう。
しかし、その感情をあらわにして、彼との関係性を悪化させることが、担当部署のプロジェクトを成功させるという「目的」に照らして、「合理性」に欠けるのも明らか。それよりも、彼らの「長所」や「強み」に着目をして、それを活かしてもらう方法を考えたほうがいいに決まっています。
「目的合理性」に徹することで、
ポジティブな「人間関係」ができる
つまり、彼に対する「嫌悪感」はそのまま放置して、彼を戦力化するための作戦を考えることに集中すればいいのです。別段、「好意」をもっているように取り繕う必要などありません。ビジネスパートナーとして、ほかの部下と同様にフラットに付き合えばいいだけ。そして、彼が得意な仕事を与え、彼が結果を出せるようにサポートをしてあげればいいのです。
重要なのは、とにかくプロジェクトを前進させることです。
彼の力を活かしつつ、プロジェクトを前進させることができれば、自然と変化が訪れます。これは経験上、断言できることですが、所属するチームに自分が貢献できていると実感することができれば、どんな人でも必ずモチベーションを高めてくれます。いや、それまでの部署で冷遇されていたからこそ、自分を戦力として認めてくれるリーダーのもとでは、全力を振り絞ってくれるものなのです。
そして、その姿を目の当たりにすれば、こちらも自然と彼に対する「好感」を抱くようになります。つまり、「好き嫌い」の感情に捉われるのではなく、「目的合理性」に徹する──いい意味で「ビジネスライク」に付き合う──ことによって、結果として、それなりにポジティブな人間関係が育まれていくのです。
決定的な「嫌悪感」を抱いたとき、
どうすればいいのか?
ただし、滅多にあることではありませんが、相手のことを簡単に許せないこともないわけではありません。例えば、私もこんな経験をしたことがあります。