「人種・民族に関する問題は根深い…」。コロナ禍で起こった人種差別反対デモを見てそう感じた人が多かっただろう。差別や戦争、政治、経済など、実は世界で起こっている問題の“根っこ”には民族問題があることが多い。芸術や文化にも“民族”を扱ったものは非常に多く、もはやビジネスパーソンの必須教養と言ってもいいだろう。本連載では、世界96ヵ国で学んだ元外交官・山中俊之氏による著書、『ビジネスエリートの必須教養「世界の民族」超入門』(ダイヤモンド社)の内容から、多様性・SDGs時代の世界の常識をお伝えしていく。
人口大国ナイジェリアが600年抱える「民族を超えたトラウマ」
ナイジェリアは、人口約2億人とアフリカのなかで圧倒的に人口が多い国です。
250以上もの民族を擁し、多数派のハウサ族、イボ族、ヨルバ族があわせてナイジェリアの三大民族といわれますが、「ナイジェリアは、もともとはこれらの民族の国だった」といえる民族はありません。
なぜなら、20世紀にイギリス植民地から独立したことで「ナイジェリア」としてまとまっただけで、そもそもいくつもの別の王国、別の部族社会だったからです。
さまざまな個性を持つ民族のすべてに共通しているのは、15世紀にポルトガルが奴隷貿易の拠点を作ってからずっと、ヨーロッパ各国に蹂躙されてきたというトラウマです。
19世紀にイギリスが植民地統治をして奴隷貿易を禁止するまで、たくさんの人々が奴隷として連れ去られていきました。
第二次世界大戦後は独立しますが、クーデターによる政権交代の繰り返しで、国は安定していません。
宗教でいうと、北部はイスラム教徒で南部がキリスト教。比率はおよそ半々ですが、イスラム原理主義者が少年少女を集団で誘拐する事件が起きるなど安定はしていません。
「なんだかとんでもなく、治安が悪そう」という負のイメージが膨らむかもしれませんが、ナイジェリアは産油国であり、2019年のGDPは4481億ドルと、南アフリカやエジプトを上回る経済大国でもあります。
最大都市ラゴスは、かつての奴隷貿易の港からベイエリアにある起業家の拠点へと変貌を遂げ、ナイロビやヨハネスブルグと並んで、新たなビジネスが生まれています。
また、アフリカのコングロマリットは、ダンゴート・グループなど、ナイジェリア拠点のものが少なくありません。
「石油も出るし、労働力もあるし、ビジネスも育っている。それなのになぜナイジェリアは伸び悩んでいるのか?」
私はナイジェリア人の友人に率直に尋ねたことがあります。
発展途上で国がどんどん伸びていく状況下では、宗教対立や紛争は和らぎそうなものです。しかしナイジェリアの彼の答えには、国の権力者への強い不信感がにじんでいました。
「ナイジェリアが伸びないのは、政治家が腐敗しているからでしょう。豊かになったのは政治家と一部の資産家だけで、国民にまで回ってきません」
政治腐敗はアフリカの多くの国が抱える問題ですが、ナイジェリアも然りというところ。
富の独占も顕著で、ダンゴート・グループのオーナーは世界の長者番付にも顔を出す財閥です。
アフリカ随一の大富豪で「フォーブズ」長者番付にも名を載せるアリコ・ダンゴートは、「資産を実感したい」という理由で自分の口座から現金11億円相当を引き出して話題になりました。
ナイジェリア人の平均的な月収は1万2000円程度ですから、国民の収入は上向きとはいえ天と地ほどの差があります。
政治にしろ経済にしろ、ナイジェリアには権力者への不信感が根強くあると思われ、「奴隷制の遺恨」が感じられます。
19世紀にイギリスが奴隷貿易を禁じて150年経っていますが、逆にいうと数百年もの間、支配者によってたくさんの人々が売り払われたのです。
この爪痕は非常に大きく、支配者を信じられないばかりか、お互いを信頼できない心理が生まれます。
内紛が絶えないのは、ナイジェリアの民族的な特徴というよりも、民族の個性を超えて人として踏みにじられた「共通のトラウマ」があると思うと、やりきれない思いになります。