3部門を統合して新製品開発ユニットを立ち上げる

――デザイナーというと色や形を決める役割という見方があります。「ing」の開発では観察の結果、エンジニアリングの領域にまで踏み込んでいるように見受けられます。

 製品のイメージを作って、そこからバックキャスティングで機能や細かなデザインを考えていくというのは、確かにデザイナーの方法論だと思います。工業製品においてエンジニアリングは非常に重要ですが、その境界線はずいぶんと曖昧になりつつあると思います。デザインありきだと機能が足りず、エンジニアリング中心だと、機能ばかりが突出して、製品としての魅力がなくなってしまうことも大いにあり得ます。どちらかではなく、どちらもという視点がプロダクトデザイン全体に求められている気がします。

ユーザーインサイトを製品価値につなげる組織とデザイナーの条件前後左右360°自在に座面が動くコクヨのオフィスチェアー「ing」
(C)KOKUYO

――当時、コクヨのファニチャー開発部門は、デザインと商品技術と生産技術の3部門を統合した「革新センター」を14年に立ち上げました。先ほどの「ing」が生まれた背景として、この組織の存在は大きかったんじゃないでしょうか。

 もともとその3部門は、別々に先端的な開発に取り組んでいました。そうした開発は簡単にビジネスとしての成果につながるものではありません。それで、13年の社内評価でこの3部門が低評価になってしまいました。このままばらばらに先行開発を続けてもうまくいかないだろうということで、3部門を統合するプロジェクトを立ち上げました。それが革新センターの前身です。

――ものづくりのリソースを集中させたことで、「ing」が生まれることにつながったわけですね。

 そう思います。デザイン・技術・生産というものづくりを一気通貫に考えられたことは効果的なアプローチでした。それから、危機意識があったことも大きいと思います。自分たちが働く部門を何とかしなければならないという危機意識です。その時点で守るものは何もなかったので、大胆に発想して行動することができたことも良かったですね。

ユーザーインサイトを製品価値につなげる組織とデザイナーの条件Photo by ASAMI MAKURA

――オフィス向けの「ing」リリースの4年後に、自宅向けの「ingLIFE」が発売されました。これはどのようにして生まれた製品なのですか。 

「ing」発売後すぐに、ブランドの次の展開を考え始めました。オフィス以外で使う椅子という基本的なアイデアは当初からあって、どういう素材を使おうかと考えたときに出てきたのがウレタンでした。「メカ」っぽくなくていいのではないかということでプロトタイプを作ってみたところ、かなりいい感触でした。ちょうど、コロナ禍が始まって在宅率が高まったこともあって、「自宅で使うコンパクトなing」というコンセプトが固まりました。