インフルエンサーや知識人がデマを拡散することが問題
ただ、若尾医師が危惧をしているのは、世論に対して大きな影響力を持っている知識人やオピニオンリーダーが、このような「デマ」に囚われて拡散してしまうことだという。
「今回のような現象で非常に興味深いのは、賢い方がだまされるというか、引っ掛かっているというところです。賢いがゆえ、因果関係のないところに因果関係を無理矢理こじつけてしまったり、自分に都合の良い情報を見出して、過信してしまう。そういう錯覚に陥らないために科学や統計学があるのですが、頭のいい人がその罠に陥ってしまう。今回の喫煙率が減っているのに、肺がんの死亡者数が増えているから、たばことがんの因果関係がないという話は数年前、ある有名な科学者の方がテレビで言っていたことで、広まったこともあると思われます」(若尾医師)
確かに、我々日本人は権威に弱い。新型コロナウィルスが流行した時も、福島第一原発事故が起きた際にも、「テレビに出演している専門家」の言うことに右にならえで従っている人が大多数なのはご承知の通りだ。そして、この同調圧力の強さの反動として、このようなマスコミ情報はすべて「うそ」だと信じ込む人たちも現れる。彼らはネットで語られていることこそ真実だと思うので、科学者や研究者が客観的なデータを基にして説明をしてもなかなか聞く耳を持ってくれない。深刻な「分断」が起きているのだ。
「喫煙とがん」に関しても、まさしくそれが起きているという。さらに、このような状況を悪化させているのは、SNSだという。
「SNSでは、エコーチェンバー(反響室)という現象にも注意が必要です。SNSで何かを発信すると、フォロワーはその人のことを信じているので多くの“いいね”や賛同のコメントを書き込んだりします。すると、反響室のようにそのコミュニティの中では『いいね』があふれかえるので、外から見ていると“この人はすごい人なのかな”と誤解してその情報を信じてしまう。これはフェイク情報が拡散する際に共通して見られる特徴です」(若尾医師)
SNSやネットの世界では、「これが真実だ」「世の中に隠されたうそを暴く」と声高に主張する人がたくさんあふれかえっている。それは言論の自由でもあるし、もしそれでハッピーになる人もいるのなら悪いことではないのかもしれない。
ただ、それが公共の利益や人々の健康に関する「デマ」の場合、不利益を被る人がでてしまうのは事実だ。そのような情報に「いいね」をして拡散する前に、ちょっと立ち止まって、冷静に「エビデンスレベル」や「正しい統計学的考え方」というものを考慮すべき時代になっているのかもしれない。
(ノンフィクションライター 窪田順生)