運賃改定を契機に
設備投資を前倒しも

 鉄道利用者数は時間をかけながらも徐々に回復している。例えば第3四半期(10~12月)の定期外輸送人員(対2019年度)を見ると、東急は2020年が82%、2021年が91%、2022年が96%。近鉄は2020年が72%、2021年が78%、2022年が85%だ。

 一方、定期輸送人員(同)は傾向が逆転し、東急は2020年が70%、2021年が74%、2022年が79%。近鉄は2020年が88%、2021年が92%、2022年が95%だ。おおむね関東は定期外利用、関西は定期利用の回復が先行している。

 ただリモートワークの定着、生活習慣の変化による鉄道離れなどにより、総収入が完全にコロナ前まで回復することはないだろう。そうでなくとも中長期的には人口減少の影響で事業環境は悪化する。また人口減少は労働力不足をもたらし、従来と同様の鉄道運行は難しくなっていく。省力化には機械化が必要であり、機械化には設備投資が欠かせない。

 アフターコロナの鉄道経営を探る上で注目すべきは、総括原価の大幅な増加だ。東急は2020年度の実績値1462億円に対し、向こう3カ年の平均は1562億円と100億円増加している。近鉄も2020年度の実績値1448億円に対して1542億円となり、100億円近く増加している。

 燃料費高騰に伴う電気料金の上昇など運行費の増加要因はあるが、主要因は設備投資に伴う減価償却費と、設置後の維持・保守管理費の増大だ。

 東急は認可申請の中で、全駅へのホームドア整備、バリアフリー設備の拡充、車内防犯カメラの設置、地震や豪雨など自然災害対策など多額の投資を行っており、今後は原価償却費や維持・保守管理費が増加するとしている。

 近鉄に代表される関西私鉄は、東急など関東私鉄と比較してホームドア設置やバリアフリー整備が遅れているため、設備投資の拡大が避けて通れない。それに加えて前述の将来を見据えた設備投資が加わる。

 鉄道事業は1980年代まで物価上昇を運賃改定が追いかける形で大きな利益を生み出せなかったが、1990年代中盤以降はデフレ経済の影響もあり消費税改定を除いて、ほぼ運賃改定を行わなかった。

 先述のように総収入は総括原価を超えない前提だが、認可後に総収入が上振れした場合は経営努力として扱い、よほどの乖離がない限り、上限運賃が引き下げられることはない。そのため2000年代以降、各社は大きな利益を積み重ねてきたが、コロナ禍で収支が大幅に悪化。改めて審査される上限運賃は総括原価の範囲内となる。

 そうなると総括原価が増えなければ総収入も増えないことになる。もちろん総収入に見合った規模に設備投資を削減する選択肢もあるが、それではじり貧だ(これは地方私鉄が陥っている状況でもある)。そこで総括原価を増加させるために、今後必要になる設備投資を前倒しする動機が生まれる。運賃改定を契機として、コロナで停滞していた設備投資が動き出すことになりそうだ。

 数年先の設備投資のみで運賃を変えてよいのかと思う人もいるだろうが、総収入と総括原価の審査対象が向こう3カ年であることからも分かるように、元々この運賃制度は10年や20年もの間、改定(審査)をしない運用を想定しているものではなかった。

 昨年から顕著な物価高騰などの影響もあり、今後は5年程度のスパンで運賃改定が必要になる可能性が高く、その都度、設備投資計画に基づき総括原価が検証されることになる。

 設備投資が加速すれば横ばいないし増加、縮小すれば減少するので、水増しした設備投資計画で運賃を「ぼったくる」ことはない前提だが、およそ25年振りの運賃改定ラッシュであり、事業者も利用者も慣れていない状況だけに、動向をしっかりチェックしていきたい。