入口の門として構えるのが「Arrete ! C'est ici l'empire de la mort(止まれ!ここが死の帝国だ)」の文字。古代ローマの詩人ウェルギリウスの叙事詩『アエネーイス』からの引用で、フランスの詩人ジャック・ドリルによる訳です。

パリの「地下墓地」に観光客行列、600万体の遺骨が納まる迷宮に戦慄【写真付き】ここからがいよいよ納骨堂

 壁に沿って遺骨を積み上げられた坑内には、各所に「どこの墓地にあった骨で、いつここに運び込まれたか」が石板に表示されています。もちろんサン・イノサン墓地の表示もあります。

パリの「地下墓地」に観光客行列、600万体の遺骨が納まる迷宮に戦慄【写真付き】1787年4月にサン・イノサン墓地から移された遺骨という標識

 次に目に飛び込んでくるのがサマリテーヌの泉。これは地下水が湧き出る井戸です。その水をカタコンブの骨の壁を接合し建設するためのモルタルに使っていました。

パリの「地下墓地」に観光客行列、600万体の遺骨が納まる迷宮に戦慄【写真付き】サマリテーヌの泉の周囲もサン・イノサン墓地からの遺骨

 さらに進むと骨を樽のように形作った柱に到着します。1897年4月2日の深夜0時から同2時にかけて、ここでコンサートが開かれました。演目はフレデリック・ショパン『葬送行進曲』とカミーユ・サン・サーンス『死の舞踏』。コンサートには多くの人が詰めかけたそうです。その当時からカタコンブ・ド・パリは、ホラー好きなパリ市民にとって人気の場所だったことがうかがえます。

パリの「地下墓地」に観光客行列、600万体の遺骨が納まる迷宮に戦慄【写真付き】見学コースの後半部分にある