入行前の支店へのあいさつ時に浴びた
先輩行員と生保レディーからの洗礼

 私は入行前に給与振込の口座を作り、庶務事項の説明を受けるため、3月半ばにあいさつを兼ねて、この吹田支店にお邪魔していた。

 銀行を志望したとはいえ、銀行に口座など作ったことがない私は、先輩行員たちにやられ放題だった。月1万円の積立定期を作れ、いつでもお金を借りることができるカードローンを契約しろ、クレジットカードを作れ、給与天引きでいつの間にかお金がたまる財形預金をやっておけ…などなど。断れない状況で無理矢理ハンコを押させられた。

 この強引さに閉口したが、翌年には私が新人に同じことをしていた。「己の欲せざるところは人に施すなかれ」というが、全く教えの守られないところがすなわち銀行である。我が行だけではなく、多くの銀行で見られる風景なのかも知れない。

 一通り事務手続きが終わると、高齢の女性が応接室に入ってきた。

「入行、おめでとうございます!」

 テンションに圧倒され面食らう私をそっちのけで自己紹介が始まる。どうやら、我が行と同じグループにあるY生命のセールスレディーだった。彼女は、入行の記念に目覚まし時計をくれた。朝早い銀行員に寝坊は許されない、使ってくださいと言う。お礼を言おうとしたところ、生命保険の契約書を差し出してきた。

「私ね、もう30年もこの支店に出入りさせてもらっていて、目黒さんの先輩たちは皆私を通して保険を契約したのよ。大丈夫よ」

 唐突すぎて驚き契約書を見つめていると、すかさず

「大丈夫。目黒さんの先輩たち皆やってるのよ?保険のことはわからないわよね。大丈夫よ。社会人になったら皆入るの。大丈夫、大丈夫よ」

 やたら大丈夫を繰り返すセールスレディーはそれから20分もの間、保険の契約内容についての説明は一切しなかった。親元から通うのか、彼女はいるのか、どこの野球チームが好きか、観戦チケットを持ってきてやる、何が心配事あれば相談しろなど、機関銃のようにまくし立てた。

 まだ入行式前、社会人のしきたりやセールスへの対応方法もわからない。この人の勧めを断ったらどうなるのかすらわからずに、あれよあれよと契約書にハンコを押させられてしまった。きっと、早く解放されたかったのだろう。しつこいセールスに根負けしてしまう経験は、このときが初めてだった。社会の洗礼というものを浴びたのである。