新入社員の「会社辞めます」を防ぐ、たった1つの方法

「この人と一緒に仕事したい」
「この上司についていきたい」
「この営業担当者は信用できる

そう思われる人は、いったい「何」が違うのでしょうか?
仕事ができて優秀でも、「人から好かれる人」と「人が離れていく人」がいます。同じような成果を上げていても、「順調にキャリアアップできる人」と「行き詰まる人」がいます。その違いはズバリ「気づかいの差」だと気づかせてくれるのが、元リクルートCS推進室教育チームリーダー・川原礼子さんの著書『気づかいの壁』です。
よく気がつくのに「迷惑だったらどうしよう」「おせっかいかもしれない」と、気づかないフリをしてしまう繊細な人や内向的な人でも、無理せず「気が利く信用される人」に変われます。そう話す川原さんに、新入社員の離職が激減する気づかいの方法について聞きました。(取材・構成/樺山美夏、撮影/疋田千里)

安心して働ける「初期設定」とは?

── 新入社員が数年以内で辞めるケースが増えています。川原さんのに書いてあることを実践すれば、緊張と不安でいっぱいの新入社員の心もわしづかみにできそうですね。

川原礼子(以下、川原):新入社員を育てていく場合、最初にやるべきことは、安心して働ける環境を整える「コンディショニング」です。これは「初期設定」という言葉にも置き換えられますが、簡単に言うと、困ったときや不安があるときなど一人で悩まないための約束事を決めておく、ということですね。

 にも書きましたが、私の会社員時代の仲間で後輩の育て方が上手だった人は、「今日の帰りまでに質問を3つ用意してください」と声かけしていました。「今さら聞けないことでも大歓迎です」というジョーク付きで笑わせてくれたので、みんな気軽に何でも質問していました。

 質問をルールにすると、右も左もわからない新人は特に「わからないことがあったら聞けばいいんだ」と念頭に置いて仕事に取り組めます。もちろん3つに限定しなくても、「5分考えてわからないことは聞いて」「今日つまずいたところを教えて」といった声かけでもいいので、いつでも質問できる環境をつくることが大事なんですね。

 私がリクルートで働いていたときは、「質問マラソン」という仕組みを取り入れていたことがあります。新人がExcelにどんどん質問を書いていくものです。「休憩ルームは1日何回まで入れるんですか?」といったような、ちょっと聞きづらいことでも、その質問マラソンのExcelがあれば解決できたので、本当にありがたかったです。それも結局、「新人を1人にしない」っていうことなんですよね。

── 最近は、上司や先輩が何も言ってくれない「ゆるハラ」を理由に会社を去る若者もいるそうですから、この春、新入社員を迎えた会社は「初期設定」を見直すといいかもしれませんね。

川原:働きやすい「初期設定」があるかどうかで、新人の離職率は変わります。その会社で働いている人にとっては当たり前のことでも、新入社員にとってはわからないことだらけですからね。私はよく新人研修担当者に、「出社したら何をすればいいのか、何がどこにあるのかわかるリストを作って渡したほうがいいですよ」とアドバイスしています。

 驚くことに、入社して半年経った方でも「休憩室がどこにあるかいまだに知りません」という会社もあるんです。それほど、会社の当たり前を共有するって軽視されがちなのですが、新入社員にとってはもっとも重要なことなんですね。

 毎日質問をしてもらうルールを決めたり、1日のやることリストを渡したり、社内の当たり前の共有をやる前とやった後で、新人の定着率がよくなった会社は数え切れないほどあります。自分で見て真似して「察してよ」という精神論はもう通用しない時代ですから、不安でいっぱいの新人に対する気づかいこそ忘れてはいけないと思います。

「ちょっとした変化」に気づいたら、必ず声がけ

── 「認めてもらえている」「受け入れてもらっている」と思えて、安心して働ける環境設定が必要ということですね。他に、新入社員の離職を食い止めるためにできることはありますか?

川原:昨日まで普通に働いていた新人が、突然、会社を辞めたという話もよく聞きますが、その兆しがあっても気づかない人が多いんですね。たとえば、出社時間が遅くなった、最近メイクをしてない、表情が暗くなった、挨拶しても元気がない、日報が短くなった、日報にネガティブな言葉が目立つ……といったちょっとした兆しです。そういう変化に気づいたら見て見ぬフリをせずに、「5分だけいい?」と声がけして様子を伺ったほうがいいです。

 気づかいの壁を超えられるかどうかは、声がけにかかっていると言ってもいいでしょう。上司や先輩でなくても、同じ職場の同僚で気になる人がいたらフォローのつもりで声がけしたほうがいいです。声をかけてみて、「今ちょっと忙しいので……」「大丈夫ですから」と断られたら、そっとしておいても構いません。けれども「いつでも声をかけてね」とひと言プラスすれば、心配していることが伝わります。

 それが「自分の心の壁を超える」ということです。相手の心の壁は相手の問題なので気にする必要はありませんが、「自分のことを心配してくれる人がいるんだ」という安心感は生まれるはずです。

── 本にも書かれているように、0か100かで考えるのではなく60点くらいの気づかいで、できることをやればいいわけですね。

川原:そうなんです。私が顧客対応担当者向けに行う対応評価表でも、新人さんの合格点を「60点」に設定しています。これは「お客様から苦情にはならない程度」が目安です。そこを基準に気づかいを重ねていって、70点、80点へとステップアップしていきましょう、という話をしているんですね。

 一方、一般のビジネスパーソンの気づかいはむしろ60点くらいで十分です。たった60点でも、できない人との圧倒的な差が生まれますから。それくらい、挨拶レベルの簡単な気づかいさえできていない人が多いのです。

新人のミスを「挽回」しよう

── 失敗を怖がる新人が多いという話も聞きます。そういう部下に先輩や上司はどう対応すればいいのでしょうか。

川原:部下がミスしたら、信頼を得るチャンスなんですよね。もちろん、指導は必要ですし、叱らなければいけないこともあるので、「気が重い」と感じる人もいます。けれども、ポイントさえ抑えれば自分の心の壁を超えられます。その部下も同じ過ちを繰り返さない行動ができるようになれば心の壁を超えて恩を感じるはずです。

新入社員の「会社辞めます」を防ぐ、たった1つの方法

── 叱り方のポイントというのは?

川原:とにかく「短く」言うことですね。人は少し物足りないと思うくらいのほうが気になる、という心理現象があります。ですから、たとえば、「今回、失敗した原因は○○でしたね。相談してもらえれば私もフォローができたので、次回からそうしましょう」というくらいにして、あとは本人に考えさせてください。少し言い足りないくらいがちょうどいい長さです。

── 確かに、解決策をすべて教えてもらうとわかった気になりますが、「じゃあどうすればよかったんだろう?」と気になると自分で考えますね。

川原:ただ、こういう話をすると前置きばかりして、部下に言うべきことを言えない人もいます。必要以上に相手に気を遣ってハッキリと言わない、というのも叱り下手です。逆に、自分の気が済むまで叱ってしまったり、一度叱ったことを「前にもあったよね?」と蒸し返したりするのは、相手の心の壁を踏み越える行為なので逆効果になります。

── なるほど。感情が先に出やすい人もいれば、ハラスメント恐怖症で叱れない人もいると思うので、塩梅が難しいですね。

川原:やはりコンディショニングが大事で、何かあったときは真っ先に報告するルールを最初に設定しておけばいい話なんですね。仮に営業担当者がミスをしてお客様から怒られたとしても、「ホウ(報告)・レン(連絡)・ソウ(相談)」を徹底していれば、問題が起きても早い段階で対処できます。

 ミスをすぐに報告してもらうためには、担当者だけの責任じゃないから心配せず、会社として対応する必要があることを最初にはっきり伝えておきます。特に顧客の苦情や接客トラブルは、なるべく早く対応する人を変え、場所を変え、時間を変えると解決できることがほとんどです。ですから、「報告は早ければ早いほど助かる」とあらかじめ話しておけば、ミスやトラブルがあっても隠さなくなります。

── 私も会社員時代にミスしたことがあるのでよくわかります(笑)。

川原:これは新人に限らずどんな立場の人にも通じる話ですし、中堅社員でも対応するのに遅すぎることはありません。社員がミスやトラブルをすぐに報告しない会社は、勇気を出して今話したようなことをルール化して伝えたほうがいいですね。組織の方針の方向転換なんてしょっちゅうあることですから、入社シーズンは社内ルールをアップデートする大義名分になるいいタイミングだと思いますよ。

【大好評連載】
第1回 「気づかいの差」が「成果の差」につながる決定的な理由
第2回 部下への適切な声がけができない「ざんねんなリーダー」の共通点

川原礼子(かわはら・れいこ)
株式会社シーストーリーズ 代表取締役
元・株式会社リクルートCS推進室教育チームリーダー
高校卒業後、カリフォルニア州College of Marinに留学。その後、米国で永住権を取得し、カリフォルニア州バークレー・コンコードで寿司店の女将を8年経験。
2005年、株式会社リクルート入社。CS推進室でクレーム対応を中心に電話・メール対応、責任者対応を経験後、教育チームリーダーを歴任。年間100回を超える社員研修および取引先向けの研修・セミナー登壇を経験後独立。株式会社シーストーリーズ(C-Stories)を設立し、クチコミとご紹介だけで情報サービス会社・旅行会社などと年間契約を結ぶほか、食品会社・教育サービス会社・IT企業・旅館など、多業種にわたるリピーター企業を中心に“関係性構築”を目的とした顧客コミュニケーション指導およびリーダー・社内トレーナーの育成に従事。コンサルタント・講師として活動中。『気づかいの壁』(ダイヤモンド社)が初の著書となる。
新入社員の「会社辞めます」を防ぐ、たった1つの方法