他国の君主・国家元首が
戴冠式の招待に応じた理由
それは、おそらく実利的な理由だと筆者は考えている。
具体的には、英国からの援助や投資を得ること、英国との経済関係を強化すること(企業の誘致や貿易の活性化)、そして安全保障関係を強化することなどだ。
とはいえ、他国の出席者が英国の王室などと交流する場は、式典前のレセプションか式典後の晩さん会に限られている。短時間のうちに、チャールズ国王とあいさつを交わしたり、リシ・スナク英首相や閣僚と立ち話をしたりといった具合だ。
個別の会談のアレンジは、ホストである英国側が多忙すぎるため現実的ではない。
それでも、実質的に国家の経営を行っている国家元首と、何の権限もない「名代」では、「たった一言」を交わすことの意味合いが大きく異なってくる。
英国側にとっても、さまざまな国との懸案事項を確認し、要望を聞くことで、英国に対する求心力を高める絶好の場となる。要するに、戴冠式とは、ある種のビジネスカンファレンスのような社交の場だったのではないか。
また、戴冠式への君主・国家元首の招待は、チャールズ国王の個人的な「お気持ち」だけで行われたわけではない。EU離脱後の英国の新しい国家戦略「グローバル・ブリテン」に沿った施策でもある(本連載第313回)。
「グローバル・ブリテン」とは、英国のテリーザ・メイ元首相が宣言したように、英国が国際社会の諸問題から身を引くのではなく「欧州大陸を越えて、より広い世界の経済的・外交的機会に目を向ける自信と自由を持つ国になる」という戦略だ。
英国はEU離脱に伴って、欧州という自由貿易市場を失ってしまった。生き残りのためには、薄れつつあった「英連邦」諸国などとの関係性を再構築することが不可欠である。この戦略は、そうした経緯によって打ち出されたものだ。
なお、英政府は2021年3月に、“Global Britain in a competitive age”と題した政策ペーパー(統合レビュー)を発表した。
その文書から要点を抜粋すると、英政府が「英国の将来の繁栄」に必要だと述べている戦略は以下の2つである。
(1) 欧州との貿易だけではなく、インド太平洋、アフリカ、湾岸地域など、世界のダイナミックな地域との「経済的なつながり」を深める。
(2) NATOによって、ロシアからのあらゆる種類の脅威に対して積極的に抑止・防御を行う。
実際に、英国はこの戦略を着々と進めている。この文書を発表する前の21年2月の時点で、英国は環太平洋連携協定(TPP)への加盟を正式に申請していた。
その後は交渉審査が続き、23年3月31日に、TPP参加11カ国が英国の加盟を認めると発表した。