英国が戴冠式に
「他国の君主」を招いた真意

 TPP11のうち、6カ国(カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、マレーシア、シンガポール、ブルネイ)が英連邦加盟国である(第313回・p3)。英国によるTPP11への参加は、英連邦諸国との関係再構築につながる流れだったといえる。

 安全保障についても、英国はロシアのウクライナ軍事侵攻に対して、ウクライナの徹底抗戦を支援し続けている。

 具体的には、米国とともにNATOを主導し、「三大戦車」など、さまざまな兵器・弾薬類をウクライナに供与し続けてきた(第301回)。

 これまで本連載で解説してきた通り、英国の支援はウクライナ紛争の戦局を抜本的に変えるものではない。戦争は膠着(こうちゃく)状態に陥り、停戦への道はまったく見えてこない。

 だが、英国はこの戦争によって被る損害が非常に少なく、得るものは大きい。

 ウクライナ紛争の開戦後、欧州ではエネルギー源の「脱・ロシア依存」が進んでいる。英系の石油大手企業にとっては、かつて独占していた欧州市場を取り戻す絶好のチャンスとなっている(第325回・p3)。

 また、東西冷戦終結後、約30年間にわたってNATO、EUの勢力は東方に拡大してきた。その半面、ロシアの勢力圏は東ベルリンからウクライナ・ベラルーシのラインまで大きく後退していた(第297回)。

 その上、ウクライナ戦争開戦後、それまで中立を保ってきたスウェーデン、フィンランドがNATOへ加盟申請することになった(第306回・p2)。NATOはさらに勢力を伸ばしたのだ。

 今後、ウクライナ戦争の膠着状態が続いたとしても、「NATOの東方拡大」「ロシアの勢力縮小」という大きな構図は変わらない。世界的に見れば、ロシアの後退は続いており、英国はすでに勝利しているという見方もできる。

 また、英国は中国の経済的・軍事的急拡大に対応するために、インド洋、アジア太平洋への軍事的プレゼンスを再構築しようとしている。

「自由で開かれたインド太平洋」を目指すという目的で、日本・米国・オーストラリア・インドの4カ国が参加している「QUAD」(日米豪印戦略対話)という安全保障の枠組みに、英国が参加を希望しているという報道もある。

 さらに英国は、米英豪による安全保障パートナーシップ「AUKUS(オーカス)」の立ち上げで主導的な役割を果たしている(第313回・p3)。

 そして今月に入ると、「NATOが連絡事務所を東京に開設する方向で調整中」というニュースが飛び込んできた。実現すれば、NATOにとってアジア初の連絡事務所として、英国が目指す「ロシアからの驚異の抑止」に一役買うとみられる。

 このように、英国は「グローバル・ブリテン」の国家戦略に基づいて、アジア太平洋地域を中心に着実に経済的・軍事的なプレゼンスを拡大している。

 900年近く続いてきた慣例を変えたチャールズ3世の戴冠式は、上記の戦略に沿って、さまざまな国と経済・安全保障上の関係を深めるための「社交の場」だったとみるべきではないだろうか。