感じ取る感性を耕すデザイン

 感性の大切さに気付いている企業が増えていることは、「デザイン思考」や「アート思考」への関心や活用が進んでいることからも分かります。しかし、意外に見落とされがちなのが、「受け手」の感性を耕そうという視点です。可能性に満ちた投げ掛けがあっても、それが適切に受け取られない限り、真価を発揮できません。砂利と石だけで構成された枯山水が、そこに深山幽谷や大海原をイメージする鑑賞者がいて初めて、豊かな表現として成立するのと同様です。

 では、受け手の意識を喚起し、「ともに感じる」ためにはどうしたらいいのでしょうか? それこそがデザインが持つ大きな力である「かたちにすること」が重要なのです。私自身、企業の研究開発プロジェクトなどに参画するとき、わざわざコミュニケーション用のオブジェクトを作って持ち込むことがあります。製品化を前提とした「プロトタイプ」ではなく、関わるメンバーの心の中に眠る「何か」を喚起することを目的に、アイデアのごくごく初期の段階で「ともに感じる」ための形を作り、提示するのです。これもデザインなのです。

組織を創造的なものに生まれ変わらせる「属人化」のススメ

 環境から何かを敏感に感じ取り、その「感じ」を形にして、受け手と共に体験する──というプロセスは、デザイナーにとってはとてもなじみ深いものですが、ビジネスの現場ではあまり試みられていません。しかし、実はこうしたプロセスは企業活動そのものと相似形です。企業活動の多くは、「人々が心の奥底で求めていたニーズ」をすくい上げ、製品やサービスにして体験できるようにすることです。その目的は、顧客を「説得すること」ではなく「喜ばせること」のはずです。だとすれば、製品やサービスを生み出す過程でもそのような感覚を大切にすることが理にかなっていると思います。

 言語化を急がず、まるでアートを鑑賞するように、あるいはスポーツをプレーするように、共に体験し、感覚を共有していく。ビジネスにおいても、こういう取り組みはもっと一般的になってほしいと私は考えています。

 次回は、私が「Evoking object」と呼んでいる、思考を喚起する形について、デザインの新しいあり方について考えたいと思います。