多くの企業が取り組む「ESG経営」。社会での重要性は高まっているものの定着しているとは言いがたい。しかし、すべてのステークホルダーの利益を考えるESG経営こそ、新規事業の種に悩む日本企業にとって千載一遇のチャンスなのである。企業経営者をはじめとするビジネスパーソンが実践に向けて頭を抱えるESG経営だが、そんな現場の悩みを解決すべく、「ESG×財務戦略」の教科書がついに出版された。本記事では、もはや企業にとって必須科目となっているESG経営の論理と実践が1冊でわかるSDGs時代を勝ち抜く ESG財務戦略』の出版を記念して著者である桑島浩彰氏、田中慎一氏、保田隆明氏にインタビューを行なった。

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軍需産業に投資するスウェーデンの銀行

――ESG経営の「ゴール設定」をする際に、日本企業および日本のビジネスパーソンが知っておくべきポイントについてはいかがでしょうか。

田中慎一(以下、田中):ESG経営のプロトコル(慣行)は日々刻々と変化していることは知っておくべきだと思います。

 たとえば、スウェーデンの大手銀行の1つ、SEBは、ロシアがウクライナに侵攻する1年ほど前、「武器、兵器を製造している会社への投資は引き上げる(=ダイベストメント(売却))」と発表しました。「兵器は人を殺すものであり、人道的な見地から許容できない。ESGの枠から外れるから全部売り払う」と考えたのでしょう。

 しかし、いざロシアが侵攻を開始したら、西側陣営の国々にとって、我々のすべての社会生活の基盤となる民主主義を守るためには、自国を防衛するための最低限の武器が必要だという判断なのか、前言を撤回しています。

 もう1つ象徴的なものとして、ユニリーバの「紅茶事業」が挙げられます。ユニリーバは、タンザニアやケニアのプランテーションに存在していた、児童労働、強制労働といった問題の解決を図ろうと考え、実際にさまざまな問題を解決してきました。その結果、サステナビリティのお手本として消費者にも受け入れられ、競合品より高い値付けをすることにも成功しました。

 しかし、その後、売却を模索し始めます。当初、プライベート・エクイティ・ファンドのカーライルも買収に名乗りを上げていたと言われていますが、2021年、CVCキャピタル・パートナーズへの売却が決定したと発表しました。

 では、なぜ、「サステナビリティのお手本」とまで言われていた事業を手放すことになったのでしょうか。

 その理由の1つは、人権問題への対応に限界を感じたからだと言われています。ユニリーバも、自分たちの目の届く範囲であれば、人権を尊重する形で運営ができることを証明したわけですが、サプライチェーンの末端までチェックすることはできない、自分たちの手に負えないと考えたのでしょう。

 つまり、プロトコルは日々変化するものであり、これで完成、これで大丈夫ということはないのです。